Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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ERIC CLAPTON    JAPAN 2009

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寒い日々が続きますね。
一体いつになったら春になるのだろう…  (雪が溶けたらね!)
中旬のあの暖かさはどこへ?

Naomi's Choice へようこそ。
冒頭から、愚痴ばかりで申し訳ありません。
でも、その実、心はホクホク気分です。

と言うのも、先日、Eric Claptonを見に行ったからです。
2009年2月、武道館。
(冒頭の写真は会場で販売されていたパンフ、2500円也)
彼については、"Over The Rainbow"の記事で少し触れました。
あの記事では「最後のワールド・ツアー」云々と書きましたが、その後もツアーは続けてますね、この人。
日本公演が終わったら、オーストラリア、ニュージーランド迄足を伸ばすようですよ。
それにしても、この方、何十回目の来日でしょうか…
最近は2年周期ってところですかね。
今回はさいたまスーパーアリーナでのJeff Beck との共演も企画され、そちらも素晴らしかったようですね。
勿論、行きたかったのですが…

クラプトンのライヴ。このブログのミッションから少し離れますが、ま、大きくは音楽の世界の話ってことで、大目に見ていただいて…

久しぶりに、"I Shot The Sheriff"が聴けて、喜んでいる自分を発見して、今更ながらミーハーだなあ、と。
しかし、サプライズはその後に襲いかかって来ました。
うん?どこかで聴いたような、イントロ、まさか?…
そう、それは、まさかの"Isn't It A Pity?"でした。(注)
イントロでの周囲の反応は正直今一でした。
それは仕方ないことかも知れません。彼のオリジナル・アルバムに収録されている曲ではありませんから。
あるいは、この日、初めて、この曲を聴いた人もいたかも知れない。
しかし、この曲こそ、亡きGeorge Harrisonの隠れた名曲で、個人的にも好きな曲の一つです。

91年11月、最初で最後のジョージとエリックのジョイント・ツアー。
それは、世界中で日本のファンだけが享受できた音楽の神様からの特別な贈り物。
当時、私は仕事の関係でたまたま名古屋に赴任していました。
名古屋で聴いた、あの日のジョージとエリック。
あのステージでもラスト近くで演奏されたのがこの曲。
(当初の演出ではこの曲の途中でジョージが退場。拍手に呼び戻されて、お約束の"While My Guitar Gently Weeps"を演奏し、怒涛のアンコールに突入するという構成だったと言われています)
ライヴはCD化され、全世界でリリースされましたが、今でも独特の浮遊感のあるサウンドのこの曲を聴く度に、あのステージを生で見れた幸せを感じるのですが、それが今また目の前で再現されようとしている…
アレンジもあの時とよく似ている。
ステージで笑みを交わしていた、あの日の二人。
そして、自ら企画したジョージの追悼コンサートで、この曲を歌うクラプトンの姿。
この曲は二人にとって愛憎半ばするパティのことを歌ったものと言われていますが、「君がいなくなって残念でならないよ」とエリックがジョージに歌いかけているように思えてなりませんでした。
色々あった二人だったけど、やはり今でもクラプトンはジョージが好きなんだなあ…
あのシーン、このシーンがフラッシュバックしてきて、思わず目頭が熱くなりました。
(そう言えば、今回のベースのWillie Weeksもソロ時代のジョージが「ポールよりも良い」と好んで使っていた馴染みのアーティストです)
因みに、今日まで確実に千回以上演奏されている筈のエリックの定番"Wonderful Tonight"も、この夜の演奏こそがベストだと今でも頑くなに信じている私です。

後で調べたら、07年のCrossroads Guitar Festivalでも、エリックはこの曲やっていたんですね。最近はあまりロックを聞かないもので、見落としていました。

それにしても、今回の演奏は本当に素晴らしかった。
別に"Isn't It A Pity?" が演奏されたから言っているのではありません。
バンドとしての纏まり、63歳過ぎてなお精力的且つ存在感ある歌声とギターフレーズを聞かせる御大クラプトン。(かつてはサイケデリックにぶっ飛んだファッションで、ソロになってからはアルマーニでびしっと決めていたクラプトンも最近は半袖シャツ!(この日の武道館は寒かった…)とラフになり、顔と首も一体となって、もう見るからに典型的な年取ったジョンブルでしたが…)
それらが良くマッチして一体感のある音楽が現出していました。
前回のデレク・トラックスとのトリプル・ギターもそれはそれで強烈でしたが、あの時は新しいメンバーになって日が浅かったが、今回はやはり、あの後一緒にツアーを重ねたせいか、(厳密には、ドラムスが前回のポール・マッカートニーの来日公演でも一緒だったAbe Laboriel Jr.に最近交代した)音の粒がそろっている感じがしました。

さて、クラプトンはこの位にして、そろそろ、有美さんの歌った歌に。

今回は、彼女がステージで良く採り上げる"It Don't Mean A Thing"
Who's Who は、この曲に因んで、若くしてこの世を去った"The Voice of Ellington"ことIvie Andersonとこの時代のエリントンのエージェントだった作詞家(? 詳しくは本文参照ください)のIrving Mills です。
本当はエリントン自身も採り上げたかったのですが、なにせ、ジャズ界の巨人、流石に手に余り、今回は時間切れです。

先日の民謡から今回は一気にジャズの本流へ。
そう言えば、先日の彼女のステージもこの曲順だったなあ、いや、偶然ですが…

「全ての人間は2種類に分けられる。スウィングする者としない者だ」



注) Isn't It A Pity?
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このブログの読者ならば、ひょっとすると、「ああ、ガーシュウィンの曲ね」と仰るかも知れませんね。
でも、こちらは同名異曲です。
そう言えば、かつてビートルズ・カバー・アルバムもガーシュウィン・カヴァー・アルバムもリリースしたJohn Pizzarelliがライヴで、この同名異曲のメドレーをやっています。
"Live at Birdland"(Telarc 03年)
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ジョージのオリジナルは名盤"All Things Must Pass"(EMI/Apple 70年)に、2つのヴァージョンが収録されています。

日本でのジョージとエリックのライヴでの素晴らしいヴァージョンは"Live in Japan"(当初Warner 92年/現Capitol 04年)で。
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02年のクラプトンによるジョージの追悼コンサート"Concert for George"(Warner 03年)のライヴ。クラプトンは全面に出て頑張っています。
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ここでリード・ボーカルをとっていたBilly Prestonももうこの世にはいません。
合掌




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by Eiji-Yokota | 2009-02-28 02:01 | 口上 | Comments(0)

IRVING MILLS     アーヴィング・ミルズ

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1894年1月16日 - 1985年4月21日 NY州NYC生まれ NY州NYC没 91歳
 別名 Joe Primrose  
音楽実業家(レコード会社・出版会社・マネジメント会社経営)、歌手、作詞家

彼が創業したMills Musicは業界最大勢力となり、作品カタログにはSammy Fain、Hoagy Carmichael、Duke Ellington、Benny Goodman等を擁す。
成功した音楽事業家だが、ジャズ史にも数々の足跡を残す。
黒人白人を分け隔だてることなく扱い、初めて混成バンドで共演させ、レコーディングする等により「音楽界のリンカーン」とも呼ばれる。

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by Eiji-Yokota | 2009-02-15 15:37 | WHO'S WHO | Comments(0)

IVIE ANDERSON   アイヴィ・アンダーソン

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1905年7月10日-1949年12月28日 CA(カリフォルニア)州ジルロイ生 
CA、LA没 44歳 歌手
エリントン楽団の専属歌手して注目され"The Voice of Ellington" と評される。
エリントンも「彼女は驚嘆すべき真の芸術家」と絶賛する存在だった。

【 略歴 】
9歳から歌を習い、10代でプロの歌手になり、ダンサー兼歌手として歌う。
1925年 NYの"Cotton Club"のコーラス・ガールとなる。
1930年 シカゴ、アール・ハインズ楽団で歌う。
1931年2月 デュークのバンドの専属歌手となる。
1933年 映画"Bundle of Blues"出演し、"Stormy Weather"を歌い、評判をとる。
1937年 マルクス・ブラザーズによる"A Day At The Races"に歌手役で出演。
      "Hit Parade"にIvy Andersonとして出演。
1942年8月 アイヴィ、持病のぜんそくが悪化し、エリントン楽団退団。
 LAでチキン料理のIvie's Chicken Shackを経営。ナイトクラブでも歌っていた。
1945年 ジョニー・オーティス楽団と録音。
結局、病には勝てず、若くして病没した。

【 エリントン楽団での主な録音 】
It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing)
I'm Satisfied
My Old Flame
Isn't Love the Strangest Thing?
Love Is Like a Cigarette
All God's Chillun Got Rhythm
Solitude
Stormy Weather
Mood Indigo
Jump for Joy
If You Were in My Place (What Would You Do?)
At a Dixie Road Diner
I Got It Bad (and That Ain’t Good)

上記写真でご覧のとおり、スレンダーでなかなかの美人。
口はあくまで大きく、大歌手の片鱗を覗わせる。
泥くさい歌唱スタイルが主流だった黒人歌手の中で洗練され都会的センス溢れ、且つ小粋にスウィングする彼女はエリントンのサウンドに打ってつけでした。おそらくエリントンもそこに目を付けたのでしょう。彼女はエリントンのオリジナルを歌うに止まらず、ポピュラー・ソングをキャバレー風にもシャンソン風にも巧みに歌い分け、Billie Holiday、Ella Fitzgeraldの先駆的存在と位置づけられています。

【 本ブログ内関連記事 】
It Don’t Mean a Thing (If It Ain’t Got That Swing) (演奏家)

【 アルバム 】
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なんと言っても、CBS関連の音源を集めた"Duke Ellington Presents Ivie Anderson"(Sony 01年)が超お薦め盤だが、現在入手困難な為、入手が比較的容易な編集ものでは例えば左。
"It Don't Mean a Thing"(ASV 02年)

また、デューク・エリントンのこの時代のコンピレーションで彼女の参加のクレジットがあるものはどれを買っても「外れはない」と言っても過言ではないでしょう。

例えば、右画像、"スウィング!presents デューク・エリントン・ベスト"(BMG JAPAN 07年)は、エリントンのVictor/RCA系時代(27-34年/40-46年)の音源主体で、Columbia系の上との音源の重複はなく(曲は重複)、また、エリントン入門の編集ものとしても格好のものです。
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by Eiji-Yokota | 2009-02-15 15:34 | WHO'S WHO | Comments(0)

梅は咲いたか …

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梅の便りが聞かれるようになりましたね。

Naomi's Choice へようこそ。

さて、今回採り上げる曲は「正調博多節」です。

やはり、先日の有美さんのライヴが強烈でしたので。
しかし、なんでよりによって「民謡」なんて採り上げたのでしょうかねえ、全く。
ジャズなら「どこからでもこい!」と多少は自信がある私も、民謡となると…
しかし、私も「博多っ子」のはしくれ、実はこの曲は以前から「妙な」曲だなと気になっていたのです。
そして、文章をまとめ上げていくうちに、有美さんがこの曲を採り上げた理由もなんとなく分かったような気がしました。(あくまで私の思い込みですが…)詳しくは本文で。

もう少し時間をかけて、この曲の誕生に関わったお秀さんとその周辺を調べたい気持もあったのですが、あのライヴの衝撃(?)の薄れない内と、独力での調査に限界もあることから、この段階で敢えてブログに掲載して皆様に公開した方が良いのでは、と思った次第です。

お秀さんの人生…
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左は歌麿の浮世絵ですが、ここで描かれているのが、本文でも触れている「水茶屋」でお茶を給仕する女性の像です。
それなりに人気のあるお仕事だったようですが、例によってその手の路線(ナントカしゃぶしゃぶ、カントカ喫茶、「お客さん、ちょっと奥へ、お二階へ」)へ向かう経営者も多かったようで…
それは主に寺社の傍らで営んでいた水茶屋のケースですが、幕府公認の吉原の場合は少し違っていて、水茶屋はやがて引手茶屋となり、高級遊廓と客の仲立ちをする斡旋業のような形で制度の中でに取り込まれていったようです。


では、彼女が働いていた博多の水茶屋とは?
どうも、名前の由来は先に見た流れの中から付けられたようですが、この時代の博多では、ずばり置屋と言うか、検番(何故か博多では「券番」と書く)=芸妓の所属する事務所の一つだったようです。
勿論、時代は左の歌麿の頃ではなく、大正年間の話です。
当時、博多には4つの検番があり、(それ以前は5つだったようです)、千代町にあった水茶屋(1901年設立)が一番威勢が良かったようです。
福岡出身の火野葦平の小説「馬賊芸者」の主たる舞台は、この水茶屋検番で、お秀も登場します。

さて、いずれにせよ、お秀は、この歌を歌い一世を風靡するのです。
…しかし、その最期となるとは再び謎に包まれてしまいます。

所詮、私はこの世界は門外漢ですので、是非、詳しい方から、彼女について、また本文中のコメントについてもご教示、ご指導いただければと思っています。
「exciteブログ」でも遂に「コメント管理」が出来るようになりましたが、私は敢えて、現時点では「コメント」制限はしておりませんので、ご遠慮なく。

では、本文をお楽しみください。
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by Eiji-Yokota | 2009-02-14 00:27 | 口上 | Comments(0)

久々にライヴに行って来ました


暦の上では春ですが、寒さは多分これからが本番…

Naomi’s Choiceへようこそ
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久しぶりに有美さんのライヴに行きました。
2月7日、福岡の老舗のジャズライヴハウス"New Combo"。
ここのところスケジュールが全く合わず去年の暮のライヴはとんとご無沙汰してました…
ご本人の申告(?)によると、色々トライし、「成長」(?)していると言うことでしたので、楽しみにしていました。

このブログのミッションは、彼女が歌った歌の背景にあるものをご紹介することを通して、皆さんと彼女の橋渡しすることにありますので、所謂ライヴの「論評」は範疇外ですが、簡単に当日のライヴの内容のご紹介をしましょう。

この日のライヴは、岩崎さんのトリオによる”Wave”で幕を開け、途中(2ndステージ)、岩崎さんがプロデュースしているヴィオラ奏者森下香蘭さんの"Libertango"を挟んで行われました。
詳細は当日の”SETLIST”をご参照ください。
(従来通り、彼女が直接歌っていない曲はSETLISTには掲示しておりません)

一言で言えば、この日のライヴで、「自分のジャズ・音楽」を探している彼女の旅は一つのマイルストーン(里程標)に辿り着いたようです。
少なくとも彼女のチャレンジ精神とその喜びは伝わりました。

今回、彼女は新しい曲を結構披露しています。
オリジナル以外では、"Nearness of You""Bridge over Troubled Water""No More Blues"「時には昔の話を」そして「正調博多節」。最後の曲については後で少し触れます。
中には、かなり以前に歌ったものもあるかも知れませんが、ここ1年半の公式の場では歌われていない筈です。
また、"You’d Be So Nice"は従来から歌っていましたが、今回はいつものボサノヴァ・アレンジではなく、ストレートなジャズで勝負していました。

オリジナル(1月25日の記事の分類で言えば、A&Bパターン)も4曲。Cパターンと後述の「正調博多節」まで入れると6曲となり、アンコールも含めた全15曲中のなんと4割と言う、いつにない高いパーセンテージです!
オリジナルの中で”Urban Crossroad”は彼女の公式なステージでは久々に演奏されるもので、実は岩崎+小柳コンビネーションの最初の作品だそうです。
この曲のエピソードもまた面白いものですが、それは別の機会に。
彼女が付けた英語の歌詞は、浜から吹いてくる爽やかな風を呼び起こします。
(歌詞全文はいずれ彼女のHPの”My Poem”にアップされることでしょう…)

さて、今回の彼女の最大の挑戦、「自分のジャズ探し」(私の勝手なネーミングです)のハイライトは前記「正調博多節」です。

勿体つけて、横文字に頼って表現すれば:
それは、アメリカで生まれアメリカの文化そのものを体現している側面さえあるジャズを演奏する日本人アーティストの多くが、それぞれに抱えているテーマ、
即ち「異文化の表現イデオムにおける自己のアイデンティティの確立」です。

えっ?! 舌を噛みそうな言葉の羅列で、よく分からないですって?
では、言葉を換えて。
かつては”West meets East”とか称して安易に琴とジャズを共演させたり、能役者を引っ張り出すような企画がありました。ジャズは許容範囲が極めて広い音楽ですから、貪欲にそれらを受け容れ、それなりに面白いものも出来ました。今日の感覚で鑑賞に耐えられるかは別として。しかし、「日本人アーティストにとってのジャズ」問題はこのような表層的なレベルではないことは明らかです。
要は、ジャズの表現形式を借りてはいるけれど、自分の肉体からあるいは血の中から、はたまたDNAに刻みこまれていて、自然に湧き出てくる音楽、それらを求めて日夜格闘しているのが日本のジャズ・アーティストの大半の姿だと私は思っています。
したがって、必ずしも、日本の楽器や旋法を使うことに拘らなくても良いと私は思っています。しかし、ジャズの表現形式を借りることで、それらが本来持っていた魅力を新たな角度から引き出せるなら、それはそれで素晴らしいことだとも思っています。そして、それは表現者のオリジナリティ確立にも繋がることでしょう。

彼女と「正調博多節」についてはブログで後日採り上げる際、より詳しくお話しする予定ですが、ここでは彼女が「私のブルース/ 私のジャズ」と呼んでいる"TAKEDA - 竹田の子守唄 - "とこの曲をメドレーで歌ったことだけをご報告するにとどめましょう。

そして勿論、アーティストの「思い」など、お金を払って楽しみに来た観客には関係ないことです。
新曲を含め、彼女のチャレンジを最終的に評価するのは皆さんなのですから。

では。

PS
近々、この日のライヴの曲からピックアップしてブログでご紹介したいと思います。
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by Eiji-Yokota | 2009-02-10 21:52 | 口上 | Comments(0)

Bridge Over Troubled Water 「明日に架ける橋」

 - 1969年 Paul Simon -
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サイモンとガーファンクル Simon & Garfukel (以下、S&Gと略します)の代表作。
「独断と偏見」との批判を懼れずに書けば、1970年代を象徴する「時代の歌」。
今日まで歌い継がれ、感動を与え続けた「友情の歌」であると同時に、9.11以後の米国では、単なる懐メロ、スタンダードの域を超えて、「癒し」と「励まし」の側面から再び採り上げられことが多くなり、今日的な新たな位置づけがされつつあるようです。

この曲の誕生をめぐる有名なエピソードについては、TV番組(NHK「世紀を刻んだ歌」/テレビ東京「そして音楽が始まる」等)や解説書等でも既に何度も採り上げられていますので、ご存知の方も多いことでしょう。
ここでは若干角度を変えつつ、この歌に纏わる背景をもう少し掘り下げてみていきたいと思います。

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by Eiji-Yokota | 2009-02-07 21:01 | SONG | Comments(0)

正調博多節

【 最初に 】
この記事に訪問いただき、ありがとうございます。

特に検索エンジンで来られた皆様には感謝でいっぱいです。
ただ、この記事については、執筆以来半年が経過し、その間、改めて調べたこともあり、大幅な加筆を実施することにしました。
したがって、チェックされた内容と多少違っているかも知れません。
いずれにせよ、時間的・体力的・能力的限界もあり、前回の記事を全て削除して新しい記事を書き直すのではなく、前の記事も活かしながら、部分的・段階的に新しい「記事」を書くこととし、最終的に、これらが完成した時点で前の記事から新記事に移行することとします。したがって、一時的に重複する二つの「記事」が併存しますが、事情ご賢察に上、ご容赦願います。

一応、この記事を読んでから、改訂版の記事に移っていただいても意味は通じるようになっております。
本記事を読んでから「改訂版」に行くか、「改訂版」を読んでから、こちらに戻るかはお任せします。
(どちらからでも、リンクで容易に移動できます)
また、鶴屋南北が作ったCMソング説を追いかけた「番外編」も是非、どうぞ。
→「番外編」(ここをクリック)
*******************************
- trad (伝承歌) -
福岡・博多の民謡、と言うより「お座敷唄」。
歌詞は甚句(7775)形式。

1~3 正調博多節の起源、様々なヴァージョンについて、別項(改訂版 Part1)で考察しています。
詳しくは→ここをクリック

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4.今日の歌詞

既に見て来たように様々な人々がこの曲の成立に関わっており、また、近年レコード、CDに録音されたものも、歌い手や制作者によって様々なヴァージョンが存在していますが、以下代表的なものを掲載します。
福岡と博多名物・名所(一部は既に存在しません)が歌われています。博多をご存知の方もそうでない方も、しばしご覧ください。
(なお、一説には、一部で所謂「隠喩」によるエロチックな描写があるとされていますが、それは皆様の想像力にお任せしましょう)

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 博多帯締め 筑前絞り 歩む姿が 柳腰

 博多よいとこ 朝日に映(は)えて 松と竹とが西東

 博多へ来るときゃ 一人で来たが 帰りゃ人形と 二人連れ

 筑紫名所は 名島に宰府(ざいふ) 芥屋(けや)の大門(おおと)の 朝嵐

 操たて縞(じま) 命も献上 堅く結んだ 博多帯



 博多柳町 柳はないが 女郎(じょろう)の姿が 柳腰

 意気地(いきじ)ずくなら 命も儘よ 博多小女郎の末じゃもの

 恋の中道 なさけの博多 波を隔ての 磯千鳥

 なんの玄海 船底枕 さめりゃ博多の 灯(ひ)が招く

 誰に買われて 行くとも知らず 博多人形の片えくぼ

(なお、あまりに長くなりますので、割愛していますが、まだまだ別歌詞は存在しており、別途、制作年代順に紹介の場を設けたいと思っています)
最後に一つ。彼女は歌う際、上記の1番目と2番目の有名な節をうたっていますが、最後にしっかり自作の一節も付け加えています。

 博多山笠 櫛田の朝に 滾る男衆 夏を呼ぶ


5.テンポ・ルバート tempo rubato

去年の暮、有美さんは突然この曲が気になって、どうにも仕様がなくなったそうです。
思い立ったらじっとしておられない彼女は、すぐさま近所のレンタル屋に飛び込み、この曲を探します。ようやく店員さんの協力で、日本の民謡48曲を収めたCDを見つけ、それを繰り返し聴いたそうです。

前記の通り、邦楽のプロ中のプロが作ったものに相応しく、この曲は門外漢の私でも本当の意味で歌いこなすことが極めて難しいものだと分かります。
この歌は上記歌詞の3番目の「帰りゃ人形と二人連れ」の歌詞(色々解釈の余地がある歌詞であり、その為人気も高い)から「転勤節」とも呼ばれ、「博チョン族」(注6)を歌ったとも言われています。一方で難しい歌の為、ようやく歌えるようになった頃にはまた別の任地へ、と。
ある本には「江差追分」と双璧をなす難曲とも記されていました。
さて、前記の門付け芸への蔑みは別として(「天狗さま」のオリジナル旋律が未詳な今、オリジナリティがどこにあるかは不明ですが)、大正年間に生まれ変わったこの唄が全くハイブロウな楽曲であることは確かです。
また、この曲での三味線は伴奏と言うより、独自の動きをします。主旋律に絡むかと思えば、いつの間にか離れては微妙に異なるリズムと旋律を奏でる様な… なお、調弦は本調子。(注7)
有美さんはこの曲を採り上げるに際して、音楽用語で言う「テンポ・ルバート」(注8)を、ここで多様します。この日(2009年2月7日)の演奏もそうでした。直訳すれば「盗まれたテンポ」。基本的なテンポは崩さず、しかし、音符の長さを変化させる(多くはスロー乃至ノー・テンポに近づける)演奏法です。
単純にノンテンポで歌いだし(特にヴァース部分)を歌い、やがてインテンポに入ると言うパターンはよくありますが、必ずしも彼女はそのようには歌っていません。
そう、彼女が今回関心を抱いたのは楽曲そのものとその歌唱法・演奏法だったのです。
おそらくヘッドアレンジ的な事前打合しかなかったと思われますが、ピアノの岩崎さんはじめリズム隊もその試みに果敢にチャレンジしていました。
単に「ソーラン節」や「八木節」をジャズ風にアレンジすると言うレベルではなく、この楽曲の持つもっと深い構造と触れ合おうとしたのだと私は解釈しています。

技術的な話はさておき、実質大正生まれのこの曲の中にある何かが彼女のDNAに潜む何かを震わせたことは間違いありません。
彼女は"TAKEDA ~竹田の子守唄"に続く、自分の内なるジャズを探り当てたのかも知れません。日本人ジャズ・アーティストの多くがいつも格闘している「日本人である自分にとってのジャズ」を。
例えば、彼女のお師匠さんとも呼ぶべき存在の伊藤君子さんの「津軽弁ジャズ」については過去の記事(TAKEDA)でも触れましたが、勿論彼女の今回のアプローチは全くそれとは異なるものです。おそらく今まで誰も試みたことのないもの…

そして、有美さんが選んだのは、同じ福岡(「博多」とは呼びませんので、念の為)の「黒田節」でも、また「津軽じょんがら節」でも、そして「島唄」でもなく、この曲だったのです。

さてしかし、他にも何曲かは彼女が心魅かれた民謡があるようです。
まだまだ「お楽しみ」はこれからです…

6. 参考CD等
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「博多のよかうた よかここち」(08年)
福岡のミュージック・ショップ印藤楽器店の60周年を記念して作成された同店限定のアルバム。正調が付かない「博多節」を始め、福岡・博多を代表する曲が収録されています。同曲は赤坂小梅ヴァージョン。他にも島倉千代子、村田英雄、霧島昇等の歌唱による楽曲も収録。ジャケットイラストは長谷川法世。印藤楽器限定販売ですので、タイトルをクリックして、内容確認の上、直接同社へ連絡ください。
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ザ・民謡ベストコレクション10 九州編
(コロンビアミュージックエンタテインメント 96年)
入手が容易なものの中で、二つの「博多節」が聴けるのはこれ。他にも九州の代表的民謡が収録されています。




注6) 博チョン族
チョンガー状態で博多に在住している人。多くは単身赴任の転勤族。
チョンガーは独身の俗語。朝鮮語の独身男性の髪形「総角」から転じたとされる。

注7) 調弦
3本しか弦がない三味線は調弦も複数あり、代表的なものは3種。
(時には曲の途中でも調弦を変えることもある)
本調子:一の糸に対し二の糸を完全4度高く、三の糸をオクターブ高く合わせる。
(一の糸がCであれば、C-F-Cとなる)  曲の気分は本格的・男性的
二上がり:一の糸に対し二の糸を完全5度高く、三の糸をオクターブ高く合わせる。
(一の糸がCであれば、C-G-Cとなる)  曲の気分は変格的、派手、陽気
三下がり:一の糸に対し二の糸を完全4度高く、三の糸を短7度高く合わせる。
(一の糸がCであれば、C-F-B♭となる)  曲の気分は女性的、優美、悲哀

注8) テンポ・ルバートとバラードそしてカデンツァの関係
テンポ・ルバートをバラードの代名詞のように使うこともあります。
「次、テンポ・ルバートね」と言う具合に。
必ずしも間違ってはいないのですが、そもそもバラードの定義自体が様々ですし、きちんとイン・テンポ(リズム・パターンが入る)で演奏されるバラードもあります。
むしろ、アップ・テンポの曲を含め、所謂ヴァース(予め準備されているイントロ)の部分はテンポ・ルバート(ノー・リズム)で演奏されることが多い。
特にヴォーカル付きの場合は、歌手が思いを込めてヴァースをテンポ・ルバートで歌い、ピアノを主体とするリズム隊はそれを聴きながら、適宜合わせていくパターンが多いようです。この場合、両者の息が合っていることが必要です。
また、リタルダンドと言って、一旦イン・テンポで演奏されていたものが、ラスト近くで再びテンポが落ち気味になるパターンもあります。中には、そのまま無伴奏で主役が最後の思いを「唄い上げ」(カデンツァとも言います。特にクラシックでは)最高の見せ場・聞かせ所にすることもあります。
これも一種のテンポ・ルバートです。


参考文献
c0163399_013394.jpg日本民謡選集 千藤幸蔵・長田暁二編 ドレミ楽譜出版社 08年
民謡新辞典 畠山兼人 編  明治書院  79年
日本民謡辞典  仲井 幸二郎 他編  東京堂出版  72年


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by Eiji-Yokota | 2009-02-07 21:00 | SONG | Comments(1)

時には昔の話を

- 1987年 加藤登紀子 -
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「お登紀(とき)さん」とファンから呼ばれ親しまれている加藤登紀子さんのオリジナル曲。
この曲は所謂ヒット作ではないのですが、以下に見るように、彼女にとって思い入れの深い曲であることは間違いありません。

このブログでは曲の生まれた背景・経緯やカバーをご紹介していますが、彼女はこの曲を度々様々な企画でセルフ・カバー(再演)していますので、今日は、この曲(含む再録音)をキーに彼女の半生と一つの時代を少し覗いてみたいと思います。

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by Eiji-Yokota | 2009-02-07 20:30 | SONG | Comments(0)

The Nearness of You

- 1937年 Hoagy Carmichael + Ned Washington -
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スタンダード・ナンバーとして、今日広く歌われています。

 ♫ 私が気持ちが高まっているのは
   胸がときめき、天にも昇る気持になるのは
   お月さまが蒼いからなんかじゃない
   違うの、それはあなたがすぐ傍にいてくれるから

歌詞の全文(英語)はこちら

Hoagy Carmichael ホーギー・カーマイケル(1899 - 1981 作曲家、WHO'S WHO参照)とNed Washington ネッド・ワシントン(1901 - 1976 作詞家 WHO'S WHO参照)のコンビによって、ある映画の為に作られました。しかし、結局その映画制作は中止され(注1)、この曲は世に出るチャンスを失ってしまいます。
出鼻をくじかれた格好の不運な曲でしたが、名曲は名曲、やがて自ら持てる魅力(歌力)によって世に受けいられていきます。
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40年6月、Glenn Millerが自らの楽団(ヴォーカリスト:Ray Eberle)で、この曲を採り上げ(Bluebird)、最初にヒットさせました。(Billboard チャートNo.5)
右画像は、この曲を含めオリジナル演奏を集大成した格安3枚組CD"The Best of Glenn Miller: 1938-1942"(Sony/BMG 08年)

こうして、この曲は徐々にその評価を高め、今日の不動の地位を得ることになります。

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by Eiji-Yokota | 2009-02-07 20:00 | SONG | Comments(0)

No More Blues /Chega De Saudade 「想いあふれて」

- 1958年 Vinicius de Moraes + Antonio Carlos Jobim /
    63年 Jon Hendrics + Jessie Cavanaugh -
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アントニオ・カルロス・ジョビン(作曲)=ヴィニシウス・ジ・モライス(詞)による作品。最初のボサノヴァ作品と目されている。後にジョン・ヘンドリックス等による英語歌詞が付けられ、ジャズのスタンダードにもなる。
本ブログの"The Girl from Ipanema / Garota de Ipanema 「イパネマの娘」"の記事(今回、若干追加修正しました)もご参照ください。

今回はボサノヴァ誕生を告げたこの曲について、曲の誕生と録音された経緯、ボサノヴァ自身が発展・成長していく状況、特に米国での受け容れられ方、そして、この曲の代表的なカヴァーをご紹介します。

本文中に登場する主要人物の"WHO'S WHO"と併せてお楽しみください。

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by Eiji-Yokota | 2009-02-07 19:51 | SONG | Comments(0)