Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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Ev'ry Time We Say Goodbye    「いつもさよならを」

- 1944年 Cole Porter -
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コール・ポーターが音楽を手がけた、44年開幕のブロゥドウェイ・レヴュウ"Seven Lively Arts"の挿入歌。(右下画像参照)

ストラヴィンスキーのバレー音楽を使い、初日にはベニー・グッドマンも出演・演奏した意欲作でしたが、興業的には成功しなかったようです。(具体的な入場者数は不明ですが、データによれば上演回数183回。微妙な数字ですが、成功からは程遠いでしょう。このレヴュウの詳細はこちら

大成功を収めた舞台や映画と共に、人気を博して今日に至った曲もあれば(例:My Favourite ThingsMoon River)、逆に最初の舞台や映画は殆ど忘れ去られているにも拘わらず、自らの魅力により単独で生き抜いてきた曲もあります。
このブログで採り上げた"You'd Be So Nice To Come Home To""How Long Has This Been Going On ?""These Foolish Things"などがそうです。
この曲もその一つに数えて良いでしょう。

なお、この曲の表記については、従来から"Everytime We Say Goodbye"とクレジットされている例も多いのですが、上のオリジナル・シート・ミュージックの表記に従い、このブログでは掲題表記で統一します。

コール・ポーター(1891年6月9日-1964年10月15日インディアナ州ペルー生まれ)はアメリカを代表する作曲家です。
このブログで採り上げた"You'd Be So Nice To Come Home To"の他、"Night And Day""Begin The Beguine""Love For Sale"を始め、生涯に約870曲を作りました。
2004年に奥さんのリンダとの関わりを中心に描いた20世紀フォックスの映画"De-Lovely"「五線譜のラヴレター」が公開されました。映画の中ではNatalie Coleがこの曲を歌っていました。
機会があれば、今後、彼の生涯とこの映画についても触れたいと思います。

45年、上記レヴュウにも関わったベニー・グッドマンが、Peggy Mannのヴァーカルをフィーチャーし、クインテットで録音し、全米12位のヒットを記録します。
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右画像は、当時の演奏を集めた編集版"Small Groups: 1941-1945"(Columbia)
以後、テディ・ウィルソン始め多くのアーティストがカヴァーします。

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ここでは、あと二つ紹介しましょう。
一つは"Ella Fitzgerald Sings The Cole Porter Songbook"(Verve 56年)
(左画像はオリジナル盤のジャケット)
エラ自身が「自分のターニング・ポイントとなった」と評しているアルバムです。
この時代のエラは脂の乗った、まさに黄金期の歌唱を聞かせます。彼女はソング・ブック・シリーズとして他にもガーシュウイン、ロジャーズ+ハート、エリントン等をとり上げ、その一連の作品は代表作として定評のあるところです。
そして、John Coltraneの"My Favorite Things"(Atlatic 61年)
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これはタイトルソングの記事でも紹介したアルバムです。今もなお高い人気を博しています。(右画像参照)


歌詞のリフレインは次のような泣かせる言葉が綴られています。
♫♫
僕達がさよならを言う度に、いつだって僕は少しばかり死ぬ思いさ
僕達がさよならを言う度に、いつだって僕は少しばかり考えてしまう
天にまします全知全能の神様方は、どうして僕のことを考えてくれないのだろう
君が行くのを許してしまうなんて
♫♫
(歌詞全文はこちら


多くのアーティスト同様、有美さんも、この曲をライヴのラストかアンコールで歌います。

では、私の記事も、このへんで。

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by Eiji-Yokota | 2008-03-19 23:55 | SONG | Comments(4)

Isn't It Romantic ?    「ロマンチックじゃない?」

- 1932年 Lorenz Hart + Richard Rodgers -

ミュージカル映画"Love Me Tonight"「今晩は愛して頂戴ナ」(Paramount)の挿入歌。詳細データはこちら (下の画像はヴィデオ発売時のパッケージ)
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邦題は当初「今晩は」の「は」がない為に風紀上?の理由によりボツになったとか…
モーリス・シュヴァリエ、ジャネット・マクドナルド主演。
あらすじ:貧しいが腕の良い陽気なパリジャンの仕立屋モーリスは、溜まった洋服代の取り立てにギルバート子爵の館に訪れます。が、ギルバートは借金を取立られていることを父のダルテリン公爵に知られたくないあまり、モーリスを男爵として紹介。一方、モーリスは館に住むジャネット姫に恋をします。しかし、ジャネットの方はモーリスの素性を疑い…
と言う、よくあるパターン。

この曲は映画の中では、まず、仕立屋のモーリスが歌いはじめ、それをお客が歌い繋ぎ、外に出ます。タクシーの運転手がそれを聞きつけて、口笛を吹きます。そのタクシーに乗った作曲家は汽車の中で歌詞をつけて歌い、それを聞いた兵士が田舎での行進中に歌い、それを聞いたジプシーがヴァイオリンで奏で、最後に館の中のジャネット姫に伝わって彼女が歌う、と言う場面転換と今後のストーリーを暗示する使われ方をします。当時としては結構ざん新だったのではないでしょうか。

この曲はその後、54年公開のオードリー・ヘプバーン主演の"Sabrina"「麗しのサブリナ」でも使われる等、スタンダードナンバーになりました。作ったのは有名なロジャーズ&ハートのコンビ。
チビで頭でっかち、ゲイで奇人変人の天才詩人ロレンツ・ハート(1895年5月2日-1943年11月22日 NY生まれ)とコロンビア大学の後輩で長身の美男子、裕福な医者の息子のリチャード・ロジャーズ(1902年6月28日-1979年12月30日 NY生まれ)のコンビは1919年からハートの死まで、主としてミュージカル音楽を手がけ、"My Funny Valentine"を始め多くの名作を世に送りました。
ハーツの死後もロジャーズはやはり大学の後輩のオスカー・ハマースタインⅡ世と組んで、晩年まで活動します。このコンビではお馴染みの"The Sound of Music”等を生み出します。ロジャーズは(ハマースタインの死後も含め)生涯に900超の曲を作曲しました。
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さて、この曲のカヴァーも名演が目白押しですが、まずは女性ヴォーカルでカーメン・マクレエ。この人のバラードのうまさには定評があります。
その中でも評価が高い"BOOK OF BALLADS"(Kapp 60年)を。
(後にカーメンはベティ・カーターとのライヴでは、うって変わって、得意のスキャットで暴れまくるパフォーマンスを披露します)
インストゥルメンタル・ヴァージョンでは、やはりBill Evansの定評あるライヴから。
"At Shelly's Manne-Hole"(Riverside 63年)
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この曲の正規版は2つのヴァース、4つのコーラスの構成で歌詞が延々と続きます。
今日のサブプライム問題で様子がおかしくなった今の世界を先取りした歌詞(コーラス1の一部)もあります。勿論、本当は大恐慌の直後に書かれたものですが…これはハートのお遊び。複雑でコンプレックスの塊で、皮肉屋で、しかし、紛う方なき天才詩人の…

♫♫
素敵じゃないかい?
百万長者が皆破産して泣き言を言っている時に
僕が髪の毛をかきむしって慌てたりする必要なんてないさ
だって、僕には失うものなんてないもの
自分自身借金して一発あてるなんてマネは
僕には出来ないよ
全く素敵じゃないか
♫♫

勿論、実際によく歌われているのはコーラス3ですね。

♫♫
なんて素敵なの?
夜の音楽、夢のような調べが聞こえる
素敵だよね
うごめく影がいにしえの魔法の呪文を綴り
梢の彼方で風のざわめきが聞こえる
世間の皆が言ってるよ
「君は恋する為に生れて来たのさ」
♫♫

この部分の歌詞全文はこちらをクリック。

さて、我が有美さんですが、ある日、呑み屋に数人の高校の同窓生がたむろしていた時、やおら彼女は手帳を取り出して、皆に"I love you"を各国語でどう言うかヒアリングを始めました。
今や我が同期は語学の先生もいれば、世界を股にかけるビジネスマンもおり、たちまちにして、仏、独、伊、西、露、中他の各国語が集まりました。
傍らで飲んでいた私は「何かの曲で使うんだろうな」とその時思っておりましたが、それがこの曲だったんですね。ちょっと意外。ライヴでは、後半のアドリブ部分で彼女はスキャットの代わりに「我愛您(ウォゥアイニン)Ich liebe dich(イッヒリーベディッヒ)」等各国語で“I love you” を連呼していました。なるほど、そう来ましたか…

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by Eiji-Yokota | 2008-03-19 21:22 | SONG | Comments(0)

夢であいましょう


- 1961年 永六輔- 中村八大 -
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NHKのバラエティ番組「夢であいましょう」のテーマソング。
主として番組のオープニングとクロージングで坂本スミ子さんが歌っていました。
また、クロージングでは出演者全員で歌うこともありました。

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by Eiji-Yokota | 2008-03-19 16:34 | SONG | Comments(0)

That's All

- 1952年 Alan Brandt + Bob Haymes-
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Nat King Cole ナット・キング・コールが1953年に歌い小ヒットしました。
上画像はこの曲の95年 Digital Remaster版を含む復刻盤 "This Is Nat King Cole"(2008年 Collector's Choice / オリジナル盤 1957年 Capitol)

Alan E. Brandt(1923 - 米)は、作詞家、俳優、脚本家として活躍。
Bob Haymes(1923 - 1989 米、NY生 歌手、作曲家)は歌手、俳優のDick Haymesの弟で、Robert Stantonと言う芸名で芸能活動をしていました。
いずれにせよ、残念ながら、二人はコール・ポーターやジョニー・マーサーと言う売れっ子作詞作曲家とは比べくもないマイナーな存在ではありました。でも、1曲でもこうして自分の作品が残せればね…

と言うことで、スタンダード・ナンバーには違いないのですが、有美さんがこの曲を採り上げた時、チョット意外な感じがしました。
これまで紹介してきた他の曲に比べれば、やや渋めというか、通好みと言うか、どちらかと云えば、日本ではマイナーな曲でしたから。
先のコールを除きヒットらしいヒットもしていない地味な曲です。日本人でレパートリーにしている方もあまり多くはありません。

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by Eiji-yokota | 2008-03-19 15:49 | SONG | Comments(0)

La Vie en rose  「ばら色の人生」

- 1945年 Edith Piaf + Louis Gugliemi ? -
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エディット・ピアフ(1915年12月19日-1963年10月11日)はフランスの国民的歌手。
この曲は彼女の代表作であり、且つシャンソンの枠を超えた世界的スタンダード・ナンバーとして知られています。
上の画像は“The Voice of the Sparrow: The Very Best of Edith Piaf”(Capitol  91年)のジャケット写真

彼女の生涯については是非触れておきたいところですが、本人による自伝(注)、近親者の回想録や数多くの伝記があるのですが、生まれた場所からして様々な説があり、真相が不明な点が多々あります。
(注) 興味のある方は下記をクリックください。
「わが愛の賛歌」 エディット・ピアフ 晶文社

わずか47年のその人生は波乱に満ちたもので、とてもこのスペースで語りつくすことは出来ません。
いずれにせよ、幼くして人生の辛酸を経験し、所謂パリのストリート・チルドレンとして育っていった彼女の歌声は声量豊かで且つ「魂の叫び」と呼ばれる肺腑をえぐるような、一度聴いたら忘れられない響きがありました。
興行師ルイ・ルプレはそんな彼女の才能を見出し、142cmの小柄なエディット・ジョヴァンナ・ガシヨンにLa Mome Piaf(小さな雀)と言う愛称を与えます。
天性の才能に加え、後に自ら志願してレイモン・アッソーの特訓を受け、基礎からやり直して、唯一無二の表現力を身につけた彼女は、自力でスターダムに駆け上がっていきます。

ピアフの死が公表された時(上の死亡年月日。本当は前日に亡くなっていたそうです)、彼女の死を嘆き悲しむ無数の人々が路上に現れ、パリの商店は弔意を表して休業し、ペール・ラシェーズ墓地には4万人以上のファンが訪れ(6万と言う説もある)、パリの交通が完全にストップしたと言われています。

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2007年公開された彼女の伝記映画 "La Mome"(勿論ルプレの命名からとったものです。小娘、チビとでも訳しましょうか。邦題「愛の讃歌」。因みに米国でのタイトルは"La Vie En Rose" この辺りはお国事情が出ていて面白いですね)は地元フランスでは10人に1人が見たそうです。真偽の程はさておき、死後40年経ってもなお彼女の人気はフランスでは高いようですね。(この映画でピアフを演じた主演女優のマリオン・コティヤールは2008年度アカデミー主演女優賞に輝きました)

以下、この歌に関する彼女をめぐるエピソード中心に記します。

ピアフは数多くの男性との出会いと別れを繰り返しますが、それらは同時に生涯のレパートリーとも言うべき数々の運命的な曲との巡り合いでもありました。
例えばー
マルセル・セルダン(*) "Hymne a l'amour 「愛の賛歌」"  49年
ジョルジュ・ムスタキ   "Milord 「ミロール」"  59年

そして、この曲はイヴ・モンタンへの想いから生まれたと言われています。

モンタンについては、このブログの"Autumn Leaves「枯葉」"で簡単に触れていますので、関心のある方はこのタイトルをクリックしてご参照ください。
先の自伝(注)では、ピアフはモンタンの為にわざわざ1章を割いて、その特訓ぶりと評価を綴っています。以下その内容を少しだけ…
既にスターとなっていたピアフはイタリア移民の子、モンタンの才能を発見し、ジャズ・ポップス系のアメリカナイズされた彼の「改造」にとりかかります。
カウボーイスタイルをやめさせ、口に鉛筆を喰わえさせて訛りを直し、一から歌を訓練し直し、一緒のステージに立ち、彼を人気スターに育てます。丁度ルプレがピアフの才能を見出し、アッソーが特訓により彼女の才能を開花させたように。
師弟にして愛人と言う関係が数年続きますが、モンタンが「枯葉」で人気歌手になり、二人の関係は終わります。

なお、ピアフはスターになってからの尊大な態度がとかく喧伝されていますが、(恋愛関係の有無を問わず)シャルル・アズナーブル、ジルベル・ベコー、ムスタキ始め多くの才能をその後も育て続けたのも事実です。

このブログの主たるミッションは曲の紹介ですから、ここで改めてピアフのオリジナル歌詞を確認・紹介しなければなりません。しかし、私のフランス語能力はお話しにならないレベルですから、インターネット等で複数の英語の逐語訳を探し、あるいは翻訳ソフトを使ったりして、それらを原詞と比べながらピアフのオリジナルの私なりの解釈を試みました。
その一部を掲載します。
大要次のような歌詞で始まります。
(シャンソン、フランス語に詳しい方、おかしいところがあったらご指導ください)

♫♫
私にそそがれるまなざし
唇で隠れて見えない微笑み
それが私の愛した人の偽りのない肖像

彼は私を抱きしめ優しく語りかける
私には人生はばら色にみえる
♫♫

以下愛される喜びが綴られていきます。
例えば、ちょっとドキっとさせられる、次のようなフレーズもあります。

♫♫
果てることのない愛の夜、夜、夜
大きな喜びが打ち寄せる。
悲しみも悩みも消えてしまうわ
幸せな幸せな愛の終わり…
♫♫

(なお、仏語歌詞全文はこちら)
日本語の「薔薇色」と言う言葉には「薔薇色の未来」と言うように独特の前向きで華々しいニュアンスがありますが、多分、ピアフが使っているこの単語(rose)は、文脈から判断すると、先ほどの「人生はばら色にみえる」と言う箇所についても、「人生ピンク色ね」位のニュアンスに近いのではないかと思います。皆さんのご意見をうけたまわりたいところです。

この歌が生まれようとしていたとき、まだフランスはドイツの占領下にありました。
ピアフに多くの曲を提供したマルガリータ・モノーは、ピアフが書いたこの歌詞を見て「くだらない」として曲をつけることを拒否したと言うエピソードが伝わっています。この為、ピアフはこの曲を一人で完成させねばなりませんでした。
現在、作曲家としてクレジットされているのはルイ・グリェーミュ、(1916年4月3日~1991年4月4日 バルセロナ生まれ 通称Louiguy「ルイギ」)。
しかし、ピアフ自身は、自分が作曲したと言っています。当時ピアフはフランスの音楽家作曲組合に(試験の合格前だったので)登録していなかった為、ルイギの名を使ったと。先のエピソードも、ピアフは先に曲をあらかた作っており、後でつけた歌詞をモノーに示したところ、酷評されたと言うことになっています。
是非ルイギの主張も聞きたいところですが、最早手遅れですね。
結局、ピアフはこの曲を友人のマリアンヌ・ミシェルに提供するのですが、ミシェルの歌がヒットしたので、ピアフ自身も録音してリリース(47年)することとなります。
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ルイ・アームストロングなどが歌っている英語歌詞はMack Davidによるもの。
(マックは何度もこの歌を別のタイトルで訳しますが、ヒットしませんでした。ようやく原タイトルに戻したものをサッチモが見出して録音し、50年に世界的なヒットを記録しました。なお、英語歌詞全文はこちら)
後にピアフ自身も(最大のマーケットたる米国市場を意識してーー彼女は度々渡米しています)英語版を録音しています。
内容的にもニュアンスが少し違うーー私に言わせれば英語版はおとなしいと言うか、原詞が強烈と言うかーーので、この手の訳詞は原詞とは別の作品と考えて接する方が良さそうです。
(丁度、同じピアフの名曲「愛の賛歌」に岩谷時子さんが付けた歌詞のように。これはこれでとても素敵な歌詞ですね。因みに日本語の歌詞は他に中原淳一、薩摩忠のもの等があります)
この他にも様々な各国語の訳詞が作られ歌われています。
有美さんも自分なりの歌詞を書く為に、あらためてフランス語の歌詞の単語を一つ一つ辞書を引きながら意味を確かめたそうです。その上で、自分なりの溢れる思いで出来たものと。
当然、そこには直接的にせよ、間接的にせよ、彼女のこれまでの人生や体験が投影されていることでしょう。
有美さんが歌った歌詞全文を末尾に掲載していますので、ご覧ください。
これが彼女の La Vie en rose です。

その他にも多くのアーティストがこの曲を歌っています。
ピアフとは対照的に脚線美を誇ったドイツの女優、歌手のマレーネ・ディートリッヒもその一人です。ディートリッヒは14歳年下の彼女を可愛がり、親交を続けます。
二人ともナチスに対して徹底的に抵抗したことも共通点ですね。
(ドイツ人の彼女にとって、表面的には祖国に反することになるので、苦悩も深かったようです)

彼女の自叙伝によれば、先のマルセル・セルダン(*)の非業の死をピアフに伝えたのは彼女だったそうです。

(*) 1916 - 1949 旧フランス領アルジェリア出身。ボクシング元ミドル級チャンピオン。奪取されたタイトルのリターンマッチの為、その日NYへ向かっていました。二人は彼を空港まで迎えに行く予定でした。セルダンは当初は船便で行く積もりでしたが、ピアフに「早く逢いたい」と言われ、急遽搭乗した飛行機が墜落し落命します。

映画でも採り上げられ、たとえば、オードリー・ヘプバーン主演の"Sabrina"「麗しのサブリナ」(Paramount 54年)で、(パリ帰りと言う設定の)彼女自身がフランス語で歌っています。

この曲は1998年にグラミー賞「名声の殿堂」入りを果たします。

******************************
La Vie en rose

by Naomi Koyanagi

私を抱いて 強く 強く
時がとまるように
燃える口づけ 甘い吐息
絡まる指先

あなたの中で 溶けていくわ
全てを忘れて
薔薇の花の香りに 酔いて惑う 蝶のように

恋の炎に 身を任せて 揺れていく  

恋は不思議ね 全てを変える
生きる意味さえ 昨日とは違うの

交わす言葉は 花のようね
(ほら)空に舞い上がる

愛しているわ 愛してるのよ
息も止まるほど

あなたの鼓動
あなたの声
あなたの唇
薔薇の花に埋もれて あなただけを感じている

私を抱いて 強く 強く
Oh, LA VIE EN ROSE

******************************************
なお、有美さんは、彼女のHPの「My Poem」にも、この詞(詩)とコメントを掲載していますので、そちらもご参照ください。

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by Eiji-Yokota | 2008-03-19 13:58 | SONG | Comments(0)

TAKEDA    -竹田の子守唄-    Part 2

- trad (伝承歌) -

Part1→こちら

京都市伏見区竹田周辺に伝わる子守唄を関西のフォークグループ「赤い鳥」が採り上げ、70年代にヒットしました。
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その時代に思春期を迎えていた世代には思い出深い歌でしょう。
しかし、そんな方々にとっても、この歌については、いつしか耳にしたり、目に触れる機会がなくなっていった時期があったのではないでしょうか?
同時に発表された彼らの「翼をください」が彼らの解散後も広く世代を超えて知られ、歌い継がれていることとは、あまりに対照的に。
この事実こそが、この歌の辿った数奇な運命を物語るものです。

最初にお断りしておかねばならないことは、この歌を紹介することは色々と込み入った部分、多分にデリケートな要素に触れざるを得ません。この為、極力誤解のないよう、一つ一つ丁寧に説明・検証していきますので、分量的にも、やや長くならざるを得ません。予め、ご諒承ください。

More  ここをクリック
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by Eiji-Yokota | 2008-03-19 11:44 | SONG | Comments(0)

TAKEDA    -竹田の子守唄-   Part 1

- trad(伝承歌) -

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この有名な子守唄については2部に分けてお話ししたいと思います。
第1部(Part1)=この頁(記事)は、有美さんとこの歌の関わり、特に彼女が英語歌詞を作る経緯を。
第2部(Part2)では、原曲の生まれた経緯と、その後に辿った数奇な運命を。


有美さんは、このレパートリーを「私のブルース」と呼んでいます。

ブルースとは、アフリカ系アメリカ人(アフリカン・アメリカン)によって生まれた音楽。
基本構成は12小節=4小節単位のAAB形式。旋律は独特のブルーノート・スケール(注:ハ長調で言えば、ミ・ソ・シが半音下がる)の5音(「ペンタトニック・スケール」 注:ハ長調で言えば、ド、♭ミ、ファ、ソ、♭シ)で演奏されるもの、と言うのが教科書的定義です。(注)

したがって、日本で「ブルースの女王、淡谷のり子」とか、あるいは青江美奈の「ブルース」とか、「柳ケ瀬ブルース」等と称されているものは、「物悲しい雰囲気の歌謡曲」に過ぎず、この定義からは全く外れていることが分かります。(ただ、本来のブルースの一面である「生きることへの苦悩」については影響を受け、継承している一面はあります)

有美さんの言う「ブルース」とは、一体何なんでしょうか?
私なりの理解では「人々の中にある何か=魂が揺さぶられる音楽」ではないかと思っています。
言葉を換えれば、抑えようもなく内から湧き上がってくる「歌いたい」という衝動。

彼女はかつてこう語ったことがあります。
日本人の私には、アメリカン・ブラック・ピープルの本当の気持を理解することも分かち合うことも出来ないので、とてもブルースは歌えなかった、と。

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しかし、彼女の恩師である伊藤君子さんの歌には「日本の匂いがする。彼女は日本の心をブルースとして歌っている」と。
左の画像は、彼女の津軽弁ジャズ、"JAZZ DA GA? JAZZ DA JA!"(PMミュージック 07年)。
このブログでも採り上げている"Fly Me To The Moon"や"My Favorite Things"等も収録されていますので、ご一聴ください。
(伊藤君子さんのHPはこちら)
この時彼女は、なんとか自分も「自分のブルース」を歌いたいと思ったのです。

その機会はやがて突然に、しかも意外な形で偶然に訪れます。
その夜、久留米在住のシンガー、西田麻美さん(注)のライヴを聴きに行った彼女は、西田さんの歌に、自分には全くないブラック・ピープルのテイストを感じ、衝撃を受けます。
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(注) 久留米市生まれ。昭和音大卒業後、当初は藤原歌劇団に入団して活動。やがて、ジャズと出会い、世界的名門バークリー音楽大学に奨学生入学。在学中及び卒業後もボストン近郊で教会を含め各種セッションに参加。現在、久留米を拠点に活動中。
西田麻美さんのブログはここをクリック。

ライヴから福岡の自宅迄の帰り道、「私も私のブルースを歌いたい、自分のブルースを歌うには自分で作るしかない」と思いながら、有美さんはハンドルを握っていました。殆ど叫び声を上げながら。
その時、この歌の英語歌詞が頭に閃いたのです。
ほぼ、今歌っている形そのままで。

第2部で詳しく述べますが、この原曲の歌詞は辛い労働の中で生まれたもので、歌詞の内容は大きく分けて、望郷の念(「脱出の唄」と言う解釈もある)と、自らおかれた境遇や労働環境自体の二つから成り立っています。
彼女は誰の心にも本能的にある望郷の念を歌詞に込めました。
なお、彼女が英語歌詞を付ける理由の一つとして、外国の方にもっと日本の素晴らしい歌に親しんでもらいたいから、と言う思いがあります。彼女の思いが多くの方に伝わればと思います。

さて、ご想像通り、この曲の実際のライヴでの演奏(アレンジ)も、厳密には上記教科書的定義のブルース形式ではありません。しかし、ブルースの精神は十分に横溢したものと私には聞こえました。

以下にその歌詞全文を記載します。これが彼女のブルースです。
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TAKEDA
by Naomi Koyanagi

It has been a long time since I left home
Really want to know how they are
Old Mom, old Dad, and my sweet girl
Dear home far away


Cherry blossom blooming along the river
Petals shower in the spring breeze
I kiss her cheek, in the big tree’s shadow
Summer casts a spell on us


Moon shinning down on the autumn leaves
Reminds me the way to my home
Snow covers tears and sadness calmly
Also memories

*******************************
なお、彼女のHPの「My Poem」でもご本人のコメント付きで掲載されていますので、よろしければ、そちらもご覧ください。クリックはこちら→"My Poem"

第2部へはここをクリックください。

注) ブルースのコード進行
追加すれば、ブルースのコード進行は基本的に一つしかありません。
キーがCを例にすると : CFCC/ FFCC/ GFCC (1小節に1コード)
キーが変わっても、コードが並行移動するだけです。
つまり、全ては 1度、4度、1度、1度… と言う共通の曲構成になります。
だから、即興演奏の心得のある人は誰でもブルースのジャム・セッションに参加できるのです。
もちろん、ジャズ・グレイト達は色々コード進行を変化させ(リハーモナイズと言う)ますが、これは少しく専門的な説明になるので、今回は割愛。


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by Eiji-Yokota | 2008-03-19 11:44 | SONG | Comments(0)

You'd Be So Nice To Come Home To

-1943年 Cole Porter -
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アメリカが生んだ偉大な音楽家コール・ポーターの代表作の一つです。
43年コロンビア映画“Something To Shout About”で主演のJanet Blair ジャネット・ブレアとDon Ameche ドン・アメチーがデュエットで歌っています。

この映画からはミュージカル映画音楽賞(モリス・W・ストロフ)と歌曲賞(この歌)がアカデミー賞にノミネートされましたが、残念ながら映画そのものはヒットしませんでした。

映画のあらすじ:
失敗続きのミュージカル・プロデューサー、サムソンは、離婚扶養手当をもらって裕福なドナから「出資するから、自分を主役にせよ」と迫られて困っています。彼女は歌えないし、演技も出来ないし、勿論、踊れないのです。そんな時サムソンの広報担当のケン(ドン・アメチー)が曲を売り込みにきたジーニー(ジャネット・ブレア)と出会います。やがて、ジーニーの才能に気づいたサムソンはドナを罠にかけて警察に逮捕されるよう仕掛けます。しかしショウの初日、釈放されたドナが現れ…
さて、コール・ポーターは、この映画を評して“something to cry about”と言ったとか言わなかったとか。
この映画の詳細データについては、こちら

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by Eiji-Yokota | 2008-03-19 11:11 | SONG | Comments(4)

Someone To Watch Over Me   「優しき伴侶を」

-1926年 George & Ira Gershwin -
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かのガーシュウィン兄弟がGertrude Lawrence(ガートルード・ローレンス 英 女優、コメディエンヌ 1988年7月4日~1952年9月6日)の為に書いたブロードウェイ・ミュージカル"Oh,Kay!"の挿入歌。
同作品は26年11月8日、インペリアル劇場での上演(256ステージ)を皮切りに、ロンドンでも上演され、更に数回に亘りリバイバル上演され、映画化もされています。
(冒頭画像は55年のスタジオ・キャスト盤のアルバム・ジャケット)

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by Eiji-Yokota | 2008-03-19 09:03 | SONG | Comments(0)

It's A Sin To Tell A Lie  「嘘は罪」

-1936年 Billy Mayhew -
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陽気で軽快なリズムに乗って男と女の駆け引きが繰り広げられる曲。
この日(08年3月19日)のオープニングを華やかに飾るに相応しい粋な選曲でした。
でも、本当は怖い歌です。

作者のビリー・メヒュー Willaim P Mayhew (1889年~1951年)については、これと言った資料が見当たらず、詳細は不明です。ご存知の方はご教示ください。また、33年作説もありますが、真偽は確認出来ませんでした。

初録音についても、 Freddy Ellis and His Orchestra による36年2月18日録音のヴァージョン(Conqueror)説、カントリー歌手 Elton Britt が36年6月30日リリースしたヴァージョン説等ありますが、管理人はいずれも未聴です。
この年、大ヒットしたのはジャズ・ピアニストのFats Waller ファッツ・ウォーラー (冒頭画像、米 1904 ~ 1943)のヴァージョンです。
36年6月5日、NYで録音。 (Camden 101667)
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比較的安価で入手しやすい音源で且つファッツの全容が掴めるのは→浮気はやめた (BMG 2000年)
クラリネットのGene Sedric をフィーチャーして、ファッツはアドリブで歌詞を加えたり、おどけた感じで歌っています。この大ヒットにより、以後、同曲はジャズのみならずポピュラー・ミュージックの定番となります。

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by Eiji-Yokota | 2008-03-19 08:48 | SONG | Comments(0)