Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
リンク
お気に入りブログ
前田画楽堂本舗
最新の記事
Instant Karma!..
at 2016-01-10 18:20
Out There! Ja..
at 2013-12-29 00:32
Out There! J..
at 2013-11-24 16:56
Out There! J..
at 2013-11-20 01:11
銀の琴 op.7 in TO..
at 2013-10-04 19:30
東京倶楽部(水道橋店)にて
at 2013-08-25 11:16
SANTANA Second..
at 2013-03-23 16:55
A TIME TO KEEP..
at 2013-03-02 19:00
Stardust ..
at 2012-11-25 13:57
Stardust ..
at 2012-10-08 20:21
記事ランキング
ブログジャンル
カテゴリ
全体
ご挨拶・このブログの使い方
INDEX・SONGS
INDEX・LIVE
INDEX・WHO'S WHO
SONG
SETLIST
WHO'S WHO
CD
口上
未分類
タグ
(21)
(16)
(12)
(11)
(9)
(9)
(7)
(6)
(5)
(4)
(4)
(3)
(2)
(2)
(2)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)
最新のコメント
長文のコメント、ありがと..
by Eiji-Yokota at 01:32
私は昭和34年に露風が書..
by 田舎暮らし at 10:49
コメントありがとうござい..
by Eiji-Yokota at 11:00
コメントありがとうござい..
by Eiji-Yokota at 06:06
記事から7年目のコメント..
by as at 11:48
お久しぶりです。時々、貴..
by Eiji-Yokota at 21:11
お久しぶりです。 ジョ..
by shintaromaeda at 18:50
素晴らしい。 そうだっ..
by びっくりぽん at 18:19
30分にボーンとなる時計..
by 生後313ヶ月 at 23:07
2014年8月~9月大き..
by 生後313ヶ月 at 23:02
ようこそ、Naomi's..
by Eiji-Yokota at 05:59
"Everytime W..
by 通りすがり at 12:14
大阪も最高でした♪
by motoharublues at 13:11
勉強に成りましたー。Yo..
by エディまーくん at 16:38
味のあるかっこいいジャケ..
by motoharublues at 22:27
はじめまして長田元春とい..
by motoharublues at 22:54
コメントありがとうござい..
by Eiji at 10:38
トラックバックを頂きまし..
by わーきんぐまざー at 22:52
YES but it'..
by Eiji-yokota at 20:31
I would like..
by ziggy at 21:14
以前の記事
2016年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 08月
2013年 03月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 03月
2007年 12月
ブログパーツ
ファン
画像一覧


カテゴリ:口上( 48 )

裏 Bridge Over troubled Water 「明日に架ける橋」

c0163399_4402358.jpg

先週、S&Gの「明日に架ける橋」を公開いたしました。
「あの時代」に思春期を過ごした方が、このブログの読者には多いと思われますが、さて、皆さん、この曲はいかがでしょうか?
懐かしさでいっぱい?

ところで、貴方は、先日のS&Gの来日公演には行かれましたか?
私はと言えば、迷った挙句、行きませんでした。
S&Gは、嫌いではないのですが、より複雑な思いを抱いています。
なによりも、今この曲にどう対してよいか分らないのです。
「そんなに難しく考えなくても…」
おっしゃる通りですが、時代を駆け抜けた歌には、それなりに背負ったものがあり、まだ、私の中でこの曲に向き合う準備が出来ていないのだと思います。
有美さんが、この曲を採り上げたのが、2月のライヴ。
その時に初めて、または久しぶりに取り上げた曲が数曲ありました。「正調博多節」なんて、翌週にはブログに掲載していました。その後のライヴで採り上げた「十字路」も先にブログに掲載する中、なかなか、この曲に着手出来なかったのは、このことと無縁ではないかも知れません。

More    ここをクリック
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-10-04 00:00 | 口上 | Comments(0)

愛の十字路

c0163399_22513496.jpg

Naomi's choice へようこそ。

最近、公私ともに色々ありまして、ブログの方まで体力が回りませんでした。
特に6月末に40曲目の「五木の子守唄(Part1)」を公開してから、一応今年の前半の目標をなんとかこなしたので、安心してサボっていました。

本当は年内にあと10曲の紹介をしなければならないのですが、有美さんの方も「ただ今充電中」のようなので、しばらくは曲紹介よりも、過去の記事のメンテに体力を注ぐ予定です。
書き終わってから気がついたこと、新たな「事実」の発見、どうしても追加してご紹介したいカヴァー曲等々…

と、言うことで、このブログに訪問された際は、「なんだ、更新なしか」と早まらずに、左の「カテゴリ」の中の「INDEX・SONGS」を時々チェックください。
「Revised」表示のある曲は要注意です。


とは言え、曲紹介も少しは掲載しないと…
と言うことで、今回は"Caminhos Cruzados"(カミーニョス・クルザードス)です。

5月29日の彼女のライヴには行けなかったので、SETLISTを送ってもらいました。

2曲目にこの曲が入っているのを見付けた時は驚きました。
記事の中でも少し触れましたが、MPB(ブラジルのポピュラー音楽)のファンには親しい曲ですが、ジャズ界ではレパートリーにしている人はごく僅かです。
したがって、全世界的な知名度となると、他のボサノヴァの曲にかないません。
一方、本文でご紹介したカエターノ・ヴェローゾのライヴを聴けば、(本来カエターノの持ち歌ではない)この曲が、いかにMPBファンから愛されているか、聴衆の反応から分ります。
ブラジルでは有名、世界では無名の曲と言って良いかも知れません。

そもそも、ジャズ界に豊富なレパートリーを供給したボサノヴァですが、ブログの本文で何度か書いたとおり、ボサノヴァは決してジャズとサンバの合いの子ではありませんし、ジャズはボサノヴァ誕生になんら直接的には関わっておらず、(抜群に良いレパートリを沢山得たと言う)ただ一方的に恩恵に浴しただけです。

また、レパートリーとして採り上げる際も、ジャズ的に加工しやすい曲がどうしても優先されてきました。
ボサノヴァは本来短くて自己完結型の音楽で、延々とインプロヴァイズすることを前提としておらず、ある意味、対照的な音楽だと私は思っています。
(この曲は厳密にはボサノヴァ誕生直前のものですが)この曲はジャズで採り上げるには、あまりに、ボサノヴァ的で「小品にして佳曲」過ぎたのでしょう。

と、言うことで、世界的にはマイナーだった、この曲も日本でレパートリーにしている人は僅かです。
冒頭の画像はその一人、菊丘ひろみさんのデビュー・アルバム"リンダ・フロール"(Sony 02年) です。
記事本文は、どうしても、この際、この曲のもう一人の作曲者であるニュトン・メンドンサについて語りたくて、むくつけき(ブルドッグみたいな)画像を冒頭に持ってきましたので、目の保養を兼ねて今回は、小野リサさん以来久しぶりに登場した本格的女性ボサノヴァ・シンガーに登場いただきました。

因みに、この曲は従来「十字路」(caminhos は道、cruzadosは十字。まさに直訳です)と訳されていましたが、彼女や彼女のアルバムのプロデュースを担当したボサノヴァ・ギタリストの中村善郎さんのアルバム(「レンブランサ,エスペランサ(思い出、そして希望)」04年)では、「愛の十字路」と表記されています。
c0163399_0245099.jpg
曲紹介の記事では「最も通常使われている邦題」を使用するとルール化したので、「十字路」で通していますが、最初は「あまりに陳腐」と思っていました「愛の十字路」も内容的には捨て難く、むしろ、この方が普及しやすいかも知れませんね。

このブログは、もともとジャズを主体に紹介する前提でしたので、「英語タイトル、原語タイトル、邦題」の順で"INDEX・SONGS" 等も作成していました。

また、つい最近まで、この曲に英語タイトルがあることを知らず、知ってからも、何となく抵抗を感じていたのですが、これも、この曲の良さが認められ、次第にワールドワイドになっていく過程だと思えば、むしろ好ましいことなのかな、と今は思っています。

英語のタイトルについて、一言。

crossroad(crossroads)でなく、crossing paths なんですね。
交差点ではなく、「袖振り合うも」の雰囲気が出ていて、原詩の持つイメージがよく表現されていると思いました。
(因みに、愛に疲れた男と女の出会いを描く歌詞のどこにもタイトル自体は出てきません)

さて、有美さんの日本語歌詞です。
彼女がこの曲に独自の歌詞をつけたと聞いて「2度びっくり」でした。

他の曲でもそうですが、彼女の歌詞は所謂「邦訳」ではありません。
原曲のイメージ、エッセンスを「ぐいっ」と攫むと、自分の中で発酵させ、独自の言葉を散りばめて、再構築していきます。
ちょうど、岩谷時子さんの「訳詞」のように。
そして岩谷さんのように、時にエロチックに、時に息をのむ程の「愛の深淵」を垣間見せます。
今回の歌詞はむしろ大人しい部類に入りますが、風景描写に託した構成には思わず唸らせられました。

彼女の歌詞はこちらから→My Poem


アフィリエイトのお知らせ
上記のアルバム・書籍等に関心のある方は、タイトル名をクリックすれば、リンクしている販売業者のサイトで詳細を確認できます。購入の判断等はご自身の責任でお願いします。
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-08-11 00:32 | 口上 | Comments(0)

壁に咲く花

c0163399_05174.jpg


上の画像は何だか分りますか?
壁や天井や梁などに所狭しと幾重にも貼り付けられた定期券や切符、身分証明書、コンサートの半券あるいは写真の数々。
少し以前のことになりますが、軽井沢に行った際に偶然に入ったお店で出会った光景でした。

2年ぶりに訪れた軽井沢。
決して詳しい訳でも、よく行く訳でもありませんが、ま、ビートルズマニアとしては、万平ホテル始めお約束の『聖地』を巡礼しなければならない訳です。(そう、これは聖なる儀式であり、尊い御勤めなのです!…?)
例えば、旧軽銀座にはジョンが通ったパン屋さんがあり、その隣には、その姿を撮影した写真館があると、言ったように。
でも、私にとっては、旧軽井沢銀座通りの魅力はそれだけではありませんでした。
かつて訪れて、すっかり味をしめ、今回も舌鼓を打とうと楽しみにしていた信州豚の洋食家さん…
しかし、既に閉店したことを知り、ちょっとしたショックを受けました。
(同店のその後についてご存知の方、是非ご教示下さい!)
気が付くと他にもいくつか記憶していたお店が消えていて、結構へこみました。
さて、これから、どうしようか…
「連れ」と私はアテが外れ、所在なげに「とぼとぼ」と軽井沢駅方面へ向かって歩いていました。そして、少し疲れて小腹もへってきたので、何とはなしに入ったのがこのお店でした。

私は30年以上以前から咲き続けている壁の花にしばし見とれていました。
今は電子マネーの時代ですので、定期券は流石に少なくなっていました。
その代わりでしょうか、コンサートのチケット、デートの写真などが最近のものでは目立ちました。

それぞれの大切な歴史の一コマがそこに重なり合っていました。
先ほどのへこんだ気持が少しづつ回復していくのが自分でも分りました。
c0163399_133162.jpg
その間、「連れ」などは、入る時にしっかり、ウィンドウに飾ってあった「浅間の大爆発」--特大フルーツ・パフェです--をチェックしていて、ちゃっかり注文していました。
そして、早速生まれたばかりの孫の写真を壁に貼っていました。

お店の名前は「古月堂」さん
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東
23-10
☎ 0267-42-3334
軽井沢駅から三笠通(国道133号)を北へ向かって徒歩6~7分
(東雲交差点の少し手前)

因みに、こちらは喫茶・軽食店ですが、群馬県甘楽郡下仁田町本宿3760では同名の菓子処を営業しておられます。

家に帰って、ふと気になって調べたら、なんと80年代に一世を風靡したコミックの「軽井沢シンドローム」に出てくる 喫茶店「ら・くか」のモデルだったと分って、びっくり。
その日も、お店の人にお店の由来などを聞かせてもらいましたが、そこまでは…
因みに冒頭画像では分かりにくいですが、左上に数枚の色紙が写っていますが、30年以上の時を経て、残念ながら一部退色していますが同コミックの作者「たがみよしひさ」さんが描いたものです。
メニューのイラストも、たがみさんによるものですが、こちらはまだまだ鮮明です。
c0163399_054470.jpg

と、言うことで、熱心なマニアには先刻ご存知のことばかりでしょうが、
むしろ、そうでない人にお勧めのお店です。

と、言っても、このブログ、グルメ・ブログやコミックあるいはアニメ・ブログに転向した訳ではありません。
私の関心を惹いたのは壁一面に咲く花々。
そこに込められた様々な思い出。
二人で撮った記念の写真
あなたの傍…

そう、では、我田引水的強引さで、本文記事のご紹介を。

今回は、"The Nearness of You"です。
"WHO'S WHO"として、作曲家のHoagy Carmichael と作詞家のNed Washingtonを採り上げてみました。特に後者は英語圏の作詞家と言う制約もあり、殆ど日本では名前以外は知られていない方ではないでしょうか。
勿論、限られたスペースでの解説ですが、一応、トライしてみました。
また、"WHO'S WHO"「紳士録」シリーズも10名を超えたので、今回、検索用にINDEX頁を設けました。
(左の「カテゴリ」の中をクリックください)
今後徐々に採り上げる人物を増やしてゆく予定です。

えっつ?!
そんなのとっくにチェック済みだ。告知が遅い!
…すみません。
因みに、"You'd Be So Nice"やら"When I Fall in Love"も、ほんの少しですが、手を加えてみました。
現在、本文の第40曲目に取り掛かっております。
「今度は日本の歌」…あれっ! 分かっちゃいました?
それに関連した訳でもないのですが、「正調博多節」についてもその後色々分ったことがありまして、近々、本文を追加修正しようと思っています。

では、まだ、"The Nearness of You"をご覧になってない方はどうぞ。
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-06-17 01:12 | 口上 | Comments(0)

鳥の歌 補遺

c0163399_1756484.jpg

Naomi's Choice へようこそ

先週、「鳥の歌」を公開させていただきました。
この記事は1年近く暖めていたもので、公開した瞬間の何か憑き物が落ちたような感覚は今でも鮮明に覚えています。
とは言え、ブログには1記事あたりの字数制限があり、結局、内容を本文と"WHO'S WHO"に分ける等、出来上がったものは、当初の構想から、かなりかけ離れたものになってしまいました。(本来"WHO'S WHO"はジャズやスタンダード・ナンバー関係者に限定しようと思っていたのですが…)

それでも、まだ、私の中に残滓と言うか澱(おり)のようなものがあって、この記事を書いています。

学生時代、国連での(3回目にして最後の)有名なコンサートに接して以来、私は「このおっさんは一体何なんだろう?」とずっと気になっていました。

ドン・キホーテかはたまたピエロか?
「蟷螂の斧」よろしく、演奏ボイコットくらいで世界が動くとでも思っているのだろうか、と。
思い上がりも甚だしいのではないか、一体何様のつもりなのか、とか。
ボイコットと言ってる割にはニューヨークにも海外にも行って、結構演奏してるじゃないか。
隠棲したプラドがあるフランスだって、フランコのスペインを容認しているし、その地で、当時フランコの最大の支援者だったアメリカにある大レコード会社の支援で音楽祭を開催し、その演奏を売りまくっているではないか…
また、わが愛するロックンロールを「音楽につぎ込まれた毒」とまで断じたことも許し難かったのですが、ラベルやピカソまでこき下ろすゴリゴリの保守主義的姿勢に思わず、「鷲はピース、ピースとは啼かんだろう」と突っ込みを入れたくなったりもしました。
ま、頑固爺であることだけは間違いない。
それも筋金入りの…

と、言うことで、本文をPart1、WHO'S WHOをPart2とすると、本記事はPart3=番外編として、歴史的記述主体の本文に対し、私の独断と偏見によるカザルスに対する個人的解釈と「鳥の歌」の各種日本語訳の紹介、そして私が疑問に思っていることを書きたいと思います。

More    ここをクリック
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-05-19 00:37 | 口上 | Comments(0)

駅に咲く桜

c0163399_23383563.jpg

関東では桜もそろそろ散り際…

上の画像は私の居所の近くの駅のホームの光景です。
なんと桜がアスファルトを突き破って自生しています。
(ストーン・フラワーならぬアスファルト・チェリーですかね?)
毎日のラッシュ時。
電車に乗り遅れまいと、自らの存在に気付くこともなくダッシュする人々を、この桜は優しく見つめていました。
そして、休日。
時ならぬお花見が出来て驚いた人達が携帯で臨時の撮影会を始めています。
そうやって、束の間、人々に安らぎを与えていた駅の桜もそろそろ見納め…

ようこそ、Naomi's Choiceへ。

今回の曲は"No More Blues/Chega de Saudade"「想いあふれて」です。

ボサノヴァ第1号ともみなされているこの曲には私も色々「想いがあふれて」います。
その為か、(例によって)書き過ぎて、1記事として容量をオーヴァーし、泣く泣く色々削りました。
また、採り上げた曲に関係深い作詞家・作曲家・アーティストに焦点を中てる"WHO'S WHO"のコーナーには、今回頑張って3人も登場させました。
ボサノヴァのVIP達…アントニオ・カルロス・ジョビン、ヴィニシウス・ヂ・モライスそしてジョアン・ジルベルト。
もっとも、ボサノバは間違いなく、この3人によって形成されていったのですが、彼等自身はやがてそれぞれの道を進み、自分の過去の栄光(ボサノヴァ)に拘らず、それを超越した独自の世界を築き上げていくのですが…
因みに、流石にジョビンは力が入りすぎて、スタートから飛ばし過ぎて、またも容量オーヴァーし、残りはパート2として、つまり続編として後日公開することとしました。
これらに伴い、"The Girl from Ipanema / Garota de Ipanema" 「イパネマの娘」の記事も、若干追加&修正しました。
お時間のある方はそちらもどうぞ。

ところで、あなたはボサノヴァを単に「夏/太陽/青い海/白い砂浜/心地よい波の音」なんてイメージだけで捉えていませんか?勿論、それは決して間違いではありません。
でも、それだけが、ボサノヴァでもないと私は思っています。
それについて少し本文で書いてみました。

さて、当初の原稿から削った部分の一つに、ボサノヴァとジャズ・サンバの違いを論じた下りがありました。
いまだに、ジャズとサンバが融合して、ボサノヴァが生まれたと思っている方もいらっしゃるようですが、本文のとおり、決してそう言うことはありません。
真相はブラジルで(多少はジャズの影響もあったかも知れませんが)独自に発展したボサノヴァに魅せられたジャズが、一方的に自分のフィールドに引き込んだに過ぎません。
彼等が「ボサノヴァ」と呼んでいるものは私には、ただのジャズにしか聞こえません。
強いて言えば、「ジャズ・サンバ」でしょうか。
(勿論、コテコテのジャズ・ファンである私はそれらを否定するものではなく、楽しければ喜んで聴きます)

さて、「音楽をカテゴリー分けするのは意味がない、間違っている」「音楽に区別はない、良い音楽とそうでない音楽とに…」云々と言う意見をよく耳にします。
一見もっともらしく、聞こえます。
しかし、私は素直にそれには従えません。

ジャズにはジャズの、ボサノヴァにはボサノヴァの、そして各音楽にはそれぞれの約束事や決まりがあります。
そして、それらには、一つの様式美にまで築き上げる迄の先人の血と汗と涙、営々と重ねられた試行錯誤とトレーニングがあった訳です。
それを思えば、軽々と先に挙げたようなもっともらしい耳当たりの良い言葉には騙されないぞ、と思うのです。
それは先達の努力に対して、失礼ではないかと思う、私の「こだわり」です。

ジャズになくて、ボサノヴァにあるもの…
人様々な意見や見解があるでしょうが、私はその一つが本文でも触れた「サウダージ」かな、と思っています。
「孤独」と言う語源から出たという説もある言葉ですが、ボサノヴァに限らず、ブラジル音楽に欠かすことのできないファクターの一つだと私には思えてなりません。おそらくブラジル人のメンタリティの奥深くに潜む何か…

勿論、日本人である私に、ブラジル人の魂とも言うべき、この言葉が分かっているかと言えば、答えはNoです。

ただ、世界中で今もなお、そしておそらく最もボサノヴァが愛されているのが日本であると言う事実…
それに対して、色々準備された説明。
曰く、中産階級の音楽としてのボサノヴの音楽性と(かつて)1億総中流と言われた日本の親和性。
曰く、日本人のメンタリティによく合った音楽、おそらく遠い祖先が同じであり…

そして、「しず心なく」散る桜を見て、全く同じではないけれど、日本人の大好きな「もののあはれ」には、「サウダージ」に通じる何かがあるのかなあ、と思いを廻らす今日この頃の私がいます。

では、本文をどうぞ。
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-04-14 00:48 | 口上 | Comments(2)

なぜか青春時代

c0163399_20154415.jpg

Naomi's Choice へようこそ。
今日の「有美さんが歌った歌」は加藤登紀子さんの「時には昔の話を」です。
白状すれば、ジャズには多少覚えのある私も、邦楽にはからっきし弱くて、この曲を有美さんが歌った時、私はタイトルはおろか歌手名も分かりませんでした。
これまで彼女のライヴには度々足を運び、聞いた曲数は(重複を含み)百に近い筈ですが、オリジナル曲を除き、曲名が分からないことなど一度もありませんでした。しかし、そのちっぽけな自負も潰え去る時が来てしまいました。
「どこかで聞いたような曲なんだよなあ。それに…」
と、私はNew Comboのテーブルで片肘をつきながら、彼女の声を耳で追う一方で、朧気に別の光景を思い浮かべていました。
「あの世界の匂いがする…」

後日、彼女に連絡をとり、曲名・歌唱者を確認しました。
同時にあの時、私が思い浮かべたものの正体が判明しました。

日本で暮らしている以上、意識するとしないとに拘わらず、加藤登紀子さんの歌を聞かずに数年を過ごすことは不可能でしょう。だからと言って彼女のことをどこまで理解しているかと言うと甚だ心もとない限りです。
ファンでもなかった私はそれまで彼女のアルバムをまともに聴いたことはありませんでしたので、これを機会に片っ端から聴いてみました。しかし、なにせ多作な彼女の膨大な作品群(60以上のアルバムを作成している…)の全てに触れることは到底出来ない相談でした。しかし、それでも結構聴きこみましたね、ええ、それなりに楽しかったですよ。色々発見もあって。本やエッセーにも目を通しましたし…
彼女は政治的信条であれ、音楽であれ、ライフ・スタイルであれ、自分の信念を貫き通し、邁進し、拘り抜く力量も度胸も同志・スタッフも有している人だなあ、とそのパワーにはつくづく驚かされました。

さて、話を「あの時、私が思い浮かべたもの」に戻しましょう。
それは清水邦夫作、蜷川幸雄演出による芝居「なぜか青春時代」のシーンでした。

  舞台は、駅の操作場近くのビアホール。
  亭主に蒸発されて以来、一人で店を切り盛りしてきた女主人。
  今日で店を閉じようと思っていたところに、一人の女が訪ねてきます。
  彼女は15年前、再会を約してこの店で別れた、かつての仲間達に会う為に
  札幌から上京してきたと告げます。
  彼女の話を聞いた女主人は閉店を1日遅らせることにします。
  そして翌日、三々五々当時の仲間達が店に集まります。
  15年前のあの日。彼等は警官に追われ、この店に逃げ込んできた学生運動の活動家達でした。
  しかし、やがて蘇ってきた「あの日」は各人にとって苦いものとなります…


勿論、この芝居とこの曲との間には直接的な関係はない筈です。しかし、底に流れているのが、学生運動華やかリし頃の「あの時代」と言う共通点であることに私の第6感が反応したのでしょう。

実は私は学生時代、一時芝居に明け暮れていました。
(だから今でも「やることなすこと全て芝居がかっている」ですって?!)
それも所謂アングラ演劇に。

60年代後半、新劇に代表される商業演劇に対抗する形で、反体制・反商業主義的色彩の濃い演劇活動(小劇場活動)が学生運動とも連動する形で人気を集めました。
唐十郎の状況劇場(紅テント)、寺山修二の天井桟敷、佐藤信の黒色テント68/71、鈴木忠志の早稲田小劇場。4人は「アングラ四天王」と呼ばれていました。他に自由劇場の串田和美もいましたね。
70年代初頭、地方で学生時代を迎えていた私は直接それらに接することは出来ませんでしたが、脚本を読んで、あまりにもそれまで馴染んでいた世界との違いに驚き、夢中になったものです。
そして、自分達も作ってみたい、と…

あの頃は、四天王を追うように次々と新しい才能が出現しました。
その中でも、私が一番興味を持ったのが、清水邦夫と蜷川幸雄のコンビでした。
清水の脚本には舌を巻くと共に嫉妬しました。それはまさに「詩人が書いた戯曲」でした。
主人公達はいつも何がしかの哀しみと狂喜を背負い、謎めいたストーリーが展開し、研ぎ澄まされた珠玉の言の葉がその間隙を縫い、観客を陶然とさせます。
蜷川の演出は意外性に充ち、観客を飽かせません。
音楽の使い方がまた絶妙でした。
(このブログのミッションは音楽ですから、ここで書いておかないと…)
Amazing Grace、バッハ、パッヘルベルのカノン、サティ、ボブ・ディラン、ニナ・ハーゲン、キング・クリムゾン、遠藤ミチロウ、戸川純、津軽じょんがら節、果ては森進一まで、実に多様。
いずれも、極めて個性的な音楽で、役者や舞台と対峙します。
優美で完璧な曲、徹底的にとんがっているアーティスト、激しく自己主張する唯我独尊のサウンド、その多くは毒を秘め…
見事に、私好みの曲ばかりです。

やがて、このコンビにも別れが訪れます。
私が社会人となって上京してきた時、宴はもう終わっていました。
清水は木冬社を率い、更に自分の世界を掘り下げていました。
蜷川は商業演劇に転身し、「裏切り者」との批判もモノともせず、古今東西の有名作を採り上げ、斬新な独自の空間を現出せしめ、確実に商業演劇の観客層を拡大させていました。
アングラ時代の香りをふんだんに残したそのおどろおどろしい舞台は私のお気に入りでした。それは、しばし現実世界を忘れさせ、異次元に我々を誘ってくれるものでした。

そのうち、清水作品の会場で蜷川を見かけるようになりました。その逆も。どちらの公演の時だったか、休憩時間か何かに二人が揃って出てきて、「メシでも食おうか」なんて言っているのを聞いた私は、ミーハーよろしく、一人興奮したりしていました。

果せるかな、そんな二人がまたコンビを組むと言うニュースが伝わり、歓喜しました。

・雨の夏、30人のジュリエットが還ってきた  (82年 日生劇場)
・タンゴ、冬の終わりに     (84年 PARCO劇場)
・血の婚礼    (86年 ベニサン・ピット)
そして…
・なぜか青春時代   (87年 PARCO劇場)

いずれも、強い印象が残っている作品です。

ビートルズの生のステージは見られなかったけれど、ジョージ・ハリソンとエリック・クラプトンの1回限りのジョイント・ツアーは見ることが出来たことが私のちっぽけな自慢であるように、
70年代の清水+蜷川は見られなかったけれど、80年代の再会はこの眼で確かめられた。
と、言うのが私のささやかな宝物です。

さて、ここまで書いてきて、この曲とこの芝居が同じ87年の作品であることに気付きました。
なんと言う偶然!
いえいえ、その実、これは案外「必然」だったのかも知れませんよ。
私の第6感もなかなかやるじゃないか…

1987年----
NTT株式上場。当日は人気が殺到してストップ高で値がつかず、数日後、放出価格の倍の240万円に上昇しました。日本の企業がゴッホの「ひまわり」を53億円で落札し、世界的話題になりました。
そう、時代はまさにバブル。
国民は「財テク」に走り、おねえさんは「ワンレン・ボディコン」で闊歩していました。
JRグループが発足したのも、衣笠祥雄選手が2131連続試合出場の偉業を果たし、引退・国民栄誉賞に輝いたのもこの年でした。
一方、NYでは、バブル崩壊の前兆とも言うべき、株価の大下落「ブラック・マンディ」も起こっていました。
(後、一時株価回復)
ベストセラーでは、俵万智「サラダ記念日」、村上春樹「ノルウェイの森」など…
ヒット曲は、瀬川瑛子「命くれない」、中森明菜「TANGO NOIR」、近藤真彦「愚か者」、島倉千代子「人生いろいろ」、そして加藤登紀子「百万本のバラ」…この曲のA面でした。

では、お後がよろしいようで…

PS
有美さんのHPでも、「一言お便り」が更新され、また、新しいライヴの情報が掲載されています。
彼女のHPへは左にあるリンクをクリックください。
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-04-02 00:49 | 口上 | Comments(5)

A CHILD IS BORN

c0163399_21393397.jpg

暖かくなったり、また寒くなったりの繰り返し。
でも、春はすぐそこまで…

Naomi's Choiceへようこそ。

さて、わたくし事で恐縮ですが、我が家には一足早い春が訪れました。
新しい命。
初孫。
二十数年前は、自分に子供が生まれることさえ不思議な感じがしていました。

おかげさまで母子共に無事でした。
でも、その子の体重は2200gと少し。
所謂「低出生体重児」(未熟児とは今は言わないそうです)。
既に検診で十分な体重でないことは分かっていましたので、36週に入った段階で、予定日迄は日がありましたが、今の医療を信じて、この世に迎えることになりました。

それはそれは本当に小さな命でした。
今にも消えてなくなりそうな。
でも、懸命に生きようとしているその姿を見ていると、
太古から連綿と続いてきた「命の連鎖」に思いが至ります。

この間ずっと頭の中で鳴り響いていた曲がありました。
―― "A Child Is Born" 「誕生」
c0163399_1321466.jpg
この美しいワルツの作曲者はThad Jones(1923 - 1986)とクレジットされています。作詞はAlec Wilder(1907- 1980)。
サド・ジョーンズは有名なジョーンズ3兄弟(兄がピアノのハンク・ジョーンズ、弟がドラムスのエルヴィン・ジョーンズ)の次男。トランペッターとしてカウント・ベイシー楽団等で活躍(ベイシーの死後は、一時同バンドを率いた)後、70年代にはドラムスのメル・ルイスとの双頭オーケストラを率い人気を博しました。
この曲は同オーケストラの"Consummation"(70年 Blue Note)に収録。(右上画像)
しかし、一部の書籍やネットでは、当時同オーケストラに属し、同アルバムでピアノを弾いているSir Roland Hanna(1932 - 2002)の「この曲を書いたのは私。リーダーが自分の名義で登録してしまった」との主張を紹介しています。真相は別として、この業界ではままあることではありますね。

ハナはアフリカ系アメリカ人。アフリカの青少年の教育に貢献したとしてリベリアから爵位を授けられています。ジュリアードに学び、作曲数は400以上、ベニー・グッドマン、チャールズ・ミンガス、サラ・ヴォーンとの共演でも有名。
さて、話は戻ります。
この説を知った私は思わず納得しました。
c0163399_2118539.jpg40数年、ジャズを、サド・ジョーンズもローランド・ハナの作品も演奏も聴いてきた身としては、
サド・ジョーンズの作品と言う解説には以前から違和感を覚えていましたので、ローランド・ハナ説が登場した途端、「あっ、そうだよね」と、すんなりと落ちました。
個人的見解ですが、優しく慈愛に満ちた繊細なメロディを紡いでいく、この曲の展開はローランド・ハナの感性に違いないと思いました。

上画像は、そのハナによる演奏を収めた"Perugia"(74年 Freedom)

この曲の作曲者について、皆さんのご意見はいかがですか?

"Quintessence"(76年 Fantasy 右下画像)は、珍しくBill Evansがトリオでなく、クインテットを率いて演奏しています。
c0163399_21183887.jpg
メンバーが凄い!
Harold Land(ts)、Kenny Burrell(g)、Ray Brown(b)、Philly Joe Jones(ds)

最後は、女性ヴォーカルで。
c0163399_22125688.jpg
"Jazz"(91年 Blue)
英国の歌姫、Cleo Laineが豪華なゲストを迎えて作ったアルバムから。



ところで、最近はこの曲もクリスマス・ソングとして扱われることがあるようですね。
中には"When A Child Is Born"と混同している節もありますが…
因みに"When A Child Is Born"の方は"Soleado"「邦題:哀しみのソレアード」(1972 Ciro Dammicco)に英語歌詞(Fred Jay)を付けたもので、Johnny Mathis の歌唱(1976)でヒットしました。
Mireille Mathieu ミレイユ・マチューもフランス語歌詞(On ne vit pas sans se dire adieu)を付け、シャンソン風に歌っています。
原曲は、14世紀後半のイタリアで作曲されたものらしいのですが…
「千の風になって」(Do Not Stand My Grave and Weep)と"Soleado"の旋律の類似性も指摘されているようです。


さて、この記事はあくまで「前口上」のコーナー。
今回は、何が言いたいのかと言うと…

新しく生まれる命
新しく生まれる歌
新たな挑戦
そして…
新しいスターの誕生!!

て、いくらなんでも、それは言い過ぎか…

それはともかく、有美さんの最新のライヴは、ピアニストがいつもの岩崎さんではなく、久保田浩さんとの初共演でした。彼女も色々と新しい試みを行っています。
当日のSETLISTは→こちら


アフィリエイトのお知らせ
上記のアルバム、書籍、ビデオ等に関心のある方は、各タイトルをクリックすれば、販売業者のサイトで詳細を確認できます。購入の判断等はご自身の責任でお願いします。
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-03-25 22:29 | 口上 | Comments(0)

URBAN CROSSROAD

c0163399_0304060.gif


3月に降る雪は「春の雪」?

Naomi's Choiceへようこそ。

今回は有美さんのHPの宣伝です。

"My Poem"のコーナーに彼女の作詞による"Urban Crossroad"が掲載されています。
このブログでも"SETLIST"に記載された同曲をクリックすれば上記頁に飛ぶことが出来ます。

この曲については本ブログの「久々にライヴに行ってきました」で少し触れていますが、良い機会なので、ここで彼女から聞いたこの曲と歌詞が生まれた経緯を少しだけ…

作曲者の岩崎大輔さんは、当時「ジェットコースタードラマ」と呼ばれたフジテレビのサスペンスドラマ「もう誰も愛さない」(注1)の音楽を担当された方です。因みにこのドラマは最終回の視聴率が23.8%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)とかなりの人気を博しました。

99年に活動の拠点を郷里の福岡に移した岩崎さんでしたが、東京と福岡の往復が続きます。多忙な日々の中のある日、東京から帰って福岡の街の人ごみの中を歩いていた岩崎さんは、一瞬、時が止まったように、周りの風景や人の流れがスローモーションをかけたような不思議な感じを受けます。
この曲はまさにその時に浮かんだそうです。
岩崎さんは早速出来たばかりでタイトルも付いていないこの曲をライヴスポットで披露します。その際に「どなたかタイトルを付けてくれませんか」と呼びかけました。
その時、客席にはジャズを歌うことへの思いが募り、ツテを頼って岩崎さんの元に押し掛けていた有美さんもいました。思い立ったら、直ぐに行動する彼女のこと、岩崎さんの話を真に受け、感銘を受けたその曲に"Urban Crossroad"と言うタイトルのみならず、ネィティヴの知人に添削を受けた英語歌詞まで付けて、岩崎さんに見せたのです。

海から吹いている風が夕暮れの灯りに浮かぶ街を通り過ぎる時…
彼女の感性は、都会の風景とそこに集う人々の一瞬を切り取ります。

と、言うことで、ご用とお急ぎでない、あなたは有美さんのライヴへ!
福岡は遠い、スケジュールが詰まっている、そんなあなたは→ここをクリック

なお、冒頭の画像は04年にリリースされた岩崎さんの表題曲をメインにしたアルバムのジャケットです。

さて、少し脱線して「クロスロード」と言う語感に関する話を。
c0163399_12552826.jpg
クロスロードとは勿論、交差点のことですね。
ネィティヴがこの言葉から受けるイメージはどのようなものでしょうか?
そして、皆さんは?
私は、「十字路」または「四辻」のイメージが強いのです。
本来、定義的には、道が交差していれば何本であろうともクロスロードですが、どうしても、文字どおり「岐路」「分かれ道」と言う印象のある「十字路」と言う言葉を思い浮かべてしまうです。
あの曲とあの男の伝説と共に…

殺風景な荒野の十字路立つ道標。
北へ行けばメンフィス、南はニュー・オリンズ、東に行けばバーミンガム、西はダラス…なんてね。
いえ、これは私の想像。具体的にどこの十字路だったかは不明です。(いくつか説はあるのですが…)
そこで若きロバート・ジョンソン(注2)は悪魔に魂を売り渡し、代わりに驚異的なギター・テクニックを身に付け、ブルース・ミュージックそして音楽の世界にその名を刻み込む…
と、まあ、これが有名な「ロバート・ジョンソンのクロスロード悪魔伝説」です。
c0163399_22395438.jpg
冷静に考えれば後世の作り話に違いないのですが、話としてはなかなか良くできています。
これに関する書籍もいくつか出版されています。
左画像は、それらを考証しつつ、ロバートの生涯や死後の「復活」までを辿るトム・グレイヴズの労作「ロバート・ジョンソン:クロスロード伝説」(白夜書房 08年)

アコースティック・ギター1本で弾き語るブルースの凄さとその後僅か27歳でこの世を去る人生(浮気相手の女性の夫から刺されたとも毒殺されたとも言われている。他にも諸説あり)、そして印象深いジョンソンのオリジナルの"Crossroads Blues"「四つ辻ブルース」の存在が一層この話に迫真性を与えます。
c0163399_13231321.jpg
"Crossroads Blues"は言うまでもなく、Cream時代のエリック・クラプトンの神(悪魔?)がかり的なギターソロが聴ける代表曲で、今なお彼の代名詞ともなっている"Crossroads"の原曲です。
右画像がそのライヴ音源が収録されている"Wheels of Fire"「クリームの素晴らしき世界(紙ジャケット仕様)」(Polydor 68年)。
エリック自身はこの時の自分の演奏を評価していないようですが、先日のブログに書いた彼の来日公演でもアンコールで演奏しているように、この曲自体はお気に入りです。
c0163399_23264033.jpg
そう言えば、"Over The Rainbow"でご紹介した彼の"One More Car,One More Rider"(Warner Bros. 02年11月)のジャケットにもやはり十字路が描かれていますね。左画像はそんなクラプトンのジョンソン作品集"Me and Mr. Johnson"(Warner 04年)。

彼の他にも音楽界のスーパースターではストーンズのミック・ジャガーやキース・リチャーズもジョンソンから大きな影響を受けています。また、ジョンソンの影響を受け、シティブールースを完成させたマディ・ウォーターズからの間接的影響を含めれば、枚挙に暇がありません。
ちょっと意外なところでは、ボブ・ディランもジョンソンに衝撃を受けた一人です。(注3)

さて、話を本編の主人公の有美さんに戻しましょう。
彼女のHPには、併せて、「一言お便り」のコーナーにも「泥棒の話」なるものもアップされており、これも傑作です。
では、新ネタ満載の彼女のHPへどうぞ→ここをクリック


注1) もう誰も愛さない 
c0163399_1212242.jpg
フジテレビが木曜10時に放映したテレビドラマ。
1991年4月11日~6月27日 全12話。
平均視聴率19.5% 初回18.2% 最終回=ピーク 23.8%
(ビデオリサーチ調べ・関東地区)
企画:宅間秋史、清水賢治
脚本:吉本昌弘、中山乃莉子、林誠人
音楽:岩崎大輔
主題歌:Billie Hughes/Welcome to the Edge
       (とどかぬ想い)
挿入歌:Randy Crawford/Sweet Love
出演:吉田栄作、田中美奈子、山口智子、薬丸裕英、観月ありさ、伊藤かずえ、かとうれいこ、佐川満男、仲谷昇、伊武雅刀 他

ストーリーの展開が早く、本文にあるように「ジェットコースタードラマ」と呼ばれた。
劇的な運命に翻弄され、次々に登場人物が殺されていく他、登場人物の関係も複雑で、レイプ・裏切り・復讐等ショッキングでドロドロした要素がテンコ盛り。
ラスト近くの弁護士町田玲子役の伊藤かずえのバラバラ死体は議論を呼んだ。
しかし出演者、特に女優陣はこの作品を機に注目を集め、更にキャリアアップを進めた重ねた方も。

DVDはこちら→「もう誰も愛さない」
(ポニーキャニオン 04年)

注2) Robert Leroy Johnson
c0163399_13212090.jpg
1911年5月8日 ~38年8月16日 27歳 
ミシシッピ州ヘイズルハースト生 
同州ウリーウッド没
"King of Delta Blues"(死後発売されたアルバムのタイトルでもある)と呼ばれた。
奴隷から解放されたアフリカ系アメリカ人達が季節労働者としてミシシッピ川流域(デルタ)を移動。この中からの初期のブルース(正確にはブルーズ)ミュージックの一つが生まれた。
ジョンソンもその一人で南部一帯を旅してブルースの弾き語りを聞かせて話題となり、36年と37年に録音を果たします。全29曲。
しかし翌38年に死去。死亡届の死因欄には"No Doctor"と記されていた。
同年暮、コロンビア(CBS)の名物プロデューサー、ジョン・ハモンド(ビリー・ホリディやボブ・ディランの発掘でも有名、長くマイルス・ディヴィスを担当し、彼の音楽の形を整え、完成させる役割を担った)が彼の評判を聞きつけ、有名な"From Spirituals To Swing"コンサートに出演を依頼すべく彼を探しまわり、結果として彼の死亡を確認します。ハモンドは執念で残された彼の録音テープを見つけて買取り、61年に前記LPレコードをリリース。ジョンソンの存在は大きな注目を集め、再評価が始まります。先のクロスロード伝説もこの時から次第に流布されていきます。
上の画像は別テイクを含めた彼が残した全41テイクを収録した全曲集「コンプリート・レコーディングス」(Sony 99年)
私もクラプトンやストーンズ、あるいは初期のフリートウッド・マックからブルースに入った口ですが、オリジナルに触れた時には、ただただ圧倒された記憶があります。


注3) ロバート・ジョンソンが与えた衝撃、クロスロード伝説の展開
c0163399_0462055.jpg
61年、ジョン・ハモンドにスカウトされたボブ・ディランは、彼から2枚のLPレコードを手渡されます。その1枚が先のアルバム。「絶対に聞くべきだ」と言われて、レコードをターンテーブルに載せるディラン…

「最初の一音から、スピーカーが放つ振動がわたしの髪を逆立たせた」
とディランは自伝に記し、以下延々とそのレコードについて自分がどう聴いたか、分析したか、その衝撃の大きさを綴っています。
(BOB DYLAN/CHRONICLES VOL.1 「ボブ・ディラン自伝」 菅野ヘッケル訳 ソフトバンク 05年)


c0163399_2254564.jpg86年のコロンビア映画"Crossroads"(ウォルター・ヒル監督、ライ・クーダー音楽)は、上記伝説を踏まえた、青春ロード・ムーヴィです。ラスト近くの悪魔(の手先)と主人公の壮絶なギターバトルを演じているのはスティーヴ・ヴァイ。
サントラ盤は"Crossroads: Original Motion Picture Soundtrack"(Reprise 86年)
c0163399_21563099.jpg
DVDはこちら→"クロスロード"(ソニーピクチャーズ 08年)

この他、この伝説はレコードや小説、映画に素材を提供し続けています。


アフィリエイトのお知らせ
上記のアルバム、書籍、ビデオ等に関心のある方は、各タイトルをクリックすれば、販売業者のサイトで詳細を確認できます。購入の判断等はご自身の責任でお願いします。
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-03-11 21:01 | 口上 | Comments(0)

ERIC CLAPTON    JAPAN 2009

c0163399_0462930.jpg

寒い日々が続きますね。
一体いつになったら春になるのだろう…  (雪が溶けたらね!)
中旬のあの暖かさはどこへ?

Naomi's Choice へようこそ。
冒頭から、愚痴ばかりで申し訳ありません。
でも、その実、心はホクホク気分です。

と言うのも、先日、Eric Claptonを見に行ったからです。
2009年2月、武道館。
(冒頭の写真は会場で販売されていたパンフ、2500円也)
彼については、"Over The Rainbow"の記事で少し触れました。
あの記事では「最後のワールド・ツアー」云々と書きましたが、その後もツアーは続けてますね、この人。
日本公演が終わったら、オーストラリア、ニュージーランド迄足を伸ばすようですよ。
それにしても、この方、何十回目の来日でしょうか…
最近は2年周期ってところですかね。
今回はさいたまスーパーアリーナでのJeff Beck との共演も企画され、そちらも素晴らしかったようですね。
勿論、行きたかったのですが…

クラプトンのライヴ。このブログのミッションから少し離れますが、ま、大きくは音楽の世界の話ってことで、大目に見ていただいて…

久しぶりに、"I Shot The Sheriff"が聴けて、喜んでいる自分を発見して、今更ながらミーハーだなあ、と。
しかし、サプライズはその後に襲いかかって来ました。
うん?どこかで聴いたような、イントロ、まさか?…
そう、それは、まさかの"Isn't It A Pity?"でした。(注)
イントロでの周囲の反応は正直今一でした。
それは仕方ないことかも知れません。彼のオリジナル・アルバムに収録されている曲ではありませんから。
あるいは、この日、初めて、この曲を聴いた人もいたかも知れない。
しかし、この曲こそ、亡きGeorge Harrisonの隠れた名曲で、個人的にも好きな曲の一つです。

91年11月、最初で最後のジョージとエリックのジョイント・ツアー。
それは、世界中で日本のファンだけが享受できた音楽の神様からの特別な贈り物。
当時、私は仕事の関係でたまたま名古屋に赴任していました。
名古屋で聴いた、あの日のジョージとエリック。
あのステージでもラスト近くで演奏されたのがこの曲。
(当初の演出ではこの曲の途中でジョージが退場。拍手に呼び戻されて、お約束の"While My Guitar Gently Weeps"を演奏し、怒涛のアンコールに突入するという構成だったと言われています)
ライヴはCD化され、全世界でリリースされましたが、今でも独特の浮遊感のあるサウンドのこの曲を聴く度に、あのステージを生で見れた幸せを感じるのですが、それが今また目の前で再現されようとしている…
アレンジもあの時とよく似ている。
ステージで笑みを交わしていた、あの日の二人。
そして、自ら企画したジョージの追悼コンサートで、この曲を歌うクラプトンの姿。
この曲は二人にとって愛憎半ばするパティのことを歌ったものと言われていますが、「君がいなくなって残念でならないよ」とエリックがジョージに歌いかけているように思えてなりませんでした。
色々あった二人だったけど、やはり今でもクラプトンはジョージが好きなんだなあ…
あのシーン、このシーンがフラッシュバックしてきて、思わず目頭が熱くなりました。
(そう言えば、今回のベースのWillie Weeksもソロ時代のジョージが「ポールよりも良い」と好んで使っていた馴染みのアーティストです)
因みに、今日まで確実に千回以上演奏されている筈のエリックの定番"Wonderful Tonight"も、この夜の演奏こそがベストだと今でも頑くなに信じている私です。

後で調べたら、07年のCrossroads Guitar Festivalでも、エリックはこの曲やっていたんですね。最近はあまりロックを聞かないもので、見落としていました。

それにしても、今回の演奏は本当に素晴らしかった。
別に"Isn't It A Pity?" が演奏されたから言っているのではありません。
バンドとしての纏まり、63歳過ぎてなお精力的且つ存在感ある歌声とギターフレーズを聞かせる御大クラプトン。(かつてはサイケデリックにぶっ飛んだファッションで、ソロになってからはアルマーニでびしっと決めていたクラプトンも最近は半袖シャツ!(この日の武道館は寒かった…)とラフになり、顔と首も一体となって、もう見るからに典型的な年取ったジョンブルでしたが…)
それらが良くマッチして一体感のある音楽が現出していました。
前回のデレク・トラックスとのトリプル・ギターもそれはそれで強烈でしたが、あの時は新しいメンバーになって日が浅かったが、今回はやはり、あの後一緒にツアーを重ねたせいか、(厳密には、ドラムスが前回のポール・マッカートニーの来日公演でも一緒だったAbe Laboriel Jr.に最近交代した)音の粒がそろっている感じがしました。

さて、クラプトンはこの位にして、そろそろ、有美さんの歌った歌に。

今回は、彼女がステージで良く採り上げる"It Don't Mean A Thing"
Who's Who は、この曲に因んで、若くしてこの世を去った"The Voice of Ellington"ことIvie Andersonとこの時代のエリントンのエージェントだった作詞家(? 詳しくは本文参照ください)のIrving Mills です。
本当はエリントン自身も採り上げたかったのですが、なにせ、ジャズ界の巨人、流石に手に余り、今回は時間切れです。

先日の民謡から今回は一気にジャズの本流へ。
そう言えば、先日の彼女のステージもこの曲順だったなあ、いや、偶然ですが…

「全ての人間は2種類に分けられる。スウィングする者としない者だ」



注) Isn't It A Pity?
c0163399_13365914.jpg
このブログの読者ならば、ひょっとすると、「ああ、ガーシュウィンの曲ね」と仰るかも知れませんね。
でも、こちらは同名異曲です。
そう言えば、かつてビートルズ・カバー・アルバムもガーシュウィン・カヴァー・アルバムもリリースしたJohn Pizzarelliがライヴで、この同名異曲のメドレーをやっています。
"Live at Birdland"(Telarc 03年)
c0163399_13375554.jpg
ジョージのオリジナルは名盤"All Things Must Pass"(EMI/Apple 70年)に、2つのヴァージョンが収録されています。

日本でのジョージとエリックのライヴでの素晴らしいヴァージョンは"Live in Japan"(当初Warner 92年/現Capitol 04年)で。
c0163399_13384128.jpg
02年のクラプトンによるジョージの追悼コンサート"Concert for George"(Warner 03年)のライヴ。クラプトンは全面に出て頑張っています。
c0163399_13391598.jpg
ここでリード・ボーカルをとっていたBilly Prestonももうこの世にはいません。
合掌




アフィリエイトのお知らせ
上記のアルバム、書籍、ビデオ等に関心のある方は、各タイトルをクリックすれば、販売業者のサイトで詳細を確認できます。購入の判断等はご自身の責任でお願いします。
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-02-28 02:01 | 口上 | Comments(0)

梅は咲いたか …

c0163399_2359166.jpg

梅の便りが聞かれるようになりましたね。

Naomi's Choice へようこそ。

さて、今回採り上げる曲は「正調博多節」です。

やはり、先日の有美さんのライヴが強烈でしたので。
しかし、なんでよりによって「民謡」なんて採り上げたのでしょうかねえ、全く。
ジャズなら「どこからでもこい!」と多少は自信がある私も、民謡となると…
しかし、私も「博多っ子」のはしくれ、実はこの曲は以前から「妙な」曲だなと気になっていたのです。
そして、文章をまとめ上げていくうちに、有美さんがこの曲を採り上げた理由もなんとなく分かったような気がしました。(あくまで私の思い込みですが…)詳しくは本文で。

もう少し時間をかけて、この曲の誕生に関わったお秀さんとその周辺を調べたい気持もあったのですが、あのライヴの衝撃(?)の薄れない内と、独力での調査に限界もあることから、この段階で敢えてブログに掲載して皆様に公開した方が良いのでは、と思った次第です。

お秀さんの人生…
c0163399_062586.jpg
左は歌麿の浮世絵ですが、ここで描かれているのが、本文でも触れている「水茶屋」でお茶を給仕する女性の像です。
それなりに人気のあるお仕事だったようですが、例によってその手の路線(ナントカしゃぶしゃぶ、カントカ喫茶、「お客さん、ちょっと奥へ、お二階へ」)へ向かう経営者も多かったようで…
それは主に寺社の傍らで営んでいた水茶屋のケースですが、幕府公認の吉原の場合は少し違っていて、水茶屋はやがて引手茶屋となり、高級遊廓と客の仲立ちをする斡旋業のような形で制度の中でに取り込まれていったようです。


では、彼女が働いていた博多の水茶屋とは?
どうも、名前の由来は先に見た流れの中から付けられたようですが、この時代の博多では、ずばり置屋と言うか、検番(何故か博多では「券番」と書く)=芸妓の所属する事務所の一つだったようです。
勿論、時代は左の歌麿の頃ではなく、大正年間の話です。
当時、博多には4つの検番があり、(それ以前は5つだったようです)、千代町にあった水茶屋(1901年設立)が一番威勢が良かったようです。
福岡出身の火野葦平の小説「馬賊芸者」の主たる舞台は、この水茶屋検番で、お秀も登場します。

さて、いずれにせよ、お秀は、この歌を歌い一世を風靡するのです。
…しかし、その最期となるとは再び謎に包まれてしまいます。

所詮、私はこの世界は門外漢ですので、是非、詳しい方から、彼女について、また本文中のコメントについてもご教示、ご指導いただければと思っています。
「exciteブログ」でも遂に「コメント管理」が出来るようになりましたが、私は敢えて、現時点では「コメント」制限はしておりませんので、ご遠慮なく。

では、本文をお楽しみください。
[PR]
by Eiji-Yokota | 2009-02-14 00:27 | 口上 | Comments(0)