Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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Fly Me To The Moon [ In Other Words ] 「月に飛ぶ想い」

- 1953年 Bart Howard -

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ジャズのスタンダードの枠を超えて、広くポピュラー音楽全般を通じて、人気が高い曲です。
米国のソングライターの「名声の殿堂」の1999年"Towering Song"受賞作品でもあります。 → SHOF
これは何年にも亘って文化に影響を与えた曲を毎年顕彰するものです。
しかし、この曲の誕生からの今日までの道のりは必ずしも順調ではありませんでした。

少し長くなりますが、その道のりを、採り上げたアーティストの動き及び歴史的・社会的背景を見ることでお話ししたいと思います。そしてその後のカヴァー状況を併せて、以下、3部構成で紹介したいと思います。



1.誕生からヒットまで

この曲の誕生当時、作者も最初に歌った歌手もレコーディングした歌手も当時いづれも無名に近い存在でした。最初のレコードはヒットすることもなく、おまけに曲名も今とは違ったものでした。
曲調も3拍子で、今日聞かれるアレンジとはかなり異なるものだったようです。

c0163399_126338.jpgこの曲を書いたのは、ピアニストで、当時キャバレーやクラブで歌伴をしていたBart Haword(注1)。
当時のタイトルは "In Other Words"。(後記「2.歌詞とヒットの背景」参照)
同じマンハッタンのクラブ"Blue Angel"で歌っていたFelicia Sanders(注2)が、この曲を最初に歌い、世に紹介しました。しかし、最初にレコーディングしたのはKaye Ballard(注3)(Decca 54年)でした。


この時点で著作権登録されたようです。
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56年、Johnny Mathis がデビュー・アルバム"A New Sound in Popular Music"(Columbia)をレコーディングする際、この曲を採り上げます。
現在判明している限りでは、タイトルを"Fly Me To The Moon"と表記した最も古いレコードです。荘厳なアレンジが聴けます。
以後、この曲は徐々にカヴァーされるようになりますが、二つのタイトルのいずれかを使うかはアーティストやプロデューサーの好み次第と言う「併用時代」が暫く続きます。(後記「3.カヴァーしたアーティスト達」参照)
あるいはこのブログのように二つのタイトルを「併記」するケースもありました。
なお、出版社がこの曲のタイトルを正式に変更するのは62年頃のことです。

次にこの曲に転機が訪れたのは63年でした。
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編曲者Joe Harnell(注4)がKappレコードの依頼で、当時新興音楽として人気を集めていたボサ・ノヴァ・スタイル(4拍子)で、この曲をアレンジしてリリース。
軽快なテンポのこのアレンジは今日私達がよく耳にする曲調のベースになりました。
前年(62年)に録音された同曲は、インストゥルメンタル・ナンバーながら、翌年、ヒットし(全米14位、イージーリスニング部門4位)、グラミー賞最優秀ポップス・インストゥルメンタル・パフォーマンスを獲得。
アルバム"Fly Me to the Moon and The Bossa Nova Pops"(左上画像)は全米3位に。
この頃の米国でのボサ・ノヴァ・ブーム及び後記のシナトラとの関係については、"The Girl From Ipanema"の記事を参照ください。

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そして、決定打はFrank Sinatraが64年6月、Count Basie のバッキングで録音したアルバム"It Might as Well Be Swing"(Reprise)(右画像参照)でした。
Quincy Jones(注5)によってスゥイング・スタイルにアレンジされた、この曲はアルバムの冒頭を飾りヒット。フランキーはその後も何回かこの曲を録音・リリースし、彼の代表曲となりました
(ライブなら、"Sinatra at The Sands"がお薦め )

2.歌詞とヒットの背景~米ソのSpace Race「宇宙開発競争」

♫ 私を月へ飛ばせて、そして星の間で遊ばせておくれ
  木星や火星の春がどんなものか見せておくれ
  言い換えれば、私の手を握ってと言うこと
  言い換えれば、愛しい人よ、キスしておくれと言うこと

歌詞の内容はラヴ・ソング。(ヴァースを含む全文はここをクリック)
あくまで「月へ飛ぶ」は比喩の世界で、元のタイトルである"In other words"(言い換えれば)以下が重要でした。
しかし、時代は作者の意図を超えて、この曲に別の意味を持たせていきます。
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この曲が米国で受け入れられていった経緯を少し別の角度から見てみましょう。
時あたかも、米国と当時のソ連(現ロシア)がそれぞれの威信をかけて、宇宙開発レースに鎬を削っている最中でした。
この曲が生まれてからの両国の宇宙開発の歴史を駆け足でーー

57年10月4日 ソ連、初の人工衛星「スプートニク1号」の打上げに成功。
61年4月12日 ソ連、ユーリイ・ガガーリンの乗ったヴォストーク1号を地球周回に成功。
          ガガーリン、人類初の宇宙飛行士となる。

61年5月25日 米国大統領ケネディ、アメリカ連邦議会特別両院合同会議の席上、
          10年以内の人類の月着陸を公約。

米国はヴァンガード・ロケットの打上に失敗する等、宇宙開発で絶えずソ連の後塵を拝していました。
その年の1月に大統領に就任したばかりのケネディと副大統領のジョンソンは、米国大衆の想像力をかきたて、モラルアップさせる目標を模索していました。"We choose to go to the Moon"(同年9月12日 Rice Univ.でのケネディの有名な演説の一節)はまさに二人が到達した結論だったのです。

それは米国がようやく、本腰を入れて(巨額の経費を投入し)宇宙開発に取り組み、月着陸を目指すという国家意思の表明であり、同時に共産主義に対する資本主義の優位性の証明を目指す狙いもありました。また、冷戦下での代理戦争の側面もありました。(注6)

先に見た様に、同じ頃、この曲はタイトルが正式に変更され、ジョー・ハーネル・ヴァージョンもヒット。
こうして、徐々にこの曲は時代にシンクロしていきます。

一方、この後、ソ連では宇宙開発推進派だったフルシチョフが失脚し、開発自体に勢いがなくなっていきます。他方、米国はアポロ計画に先行するジェミニ計画で有人飛行によるランデブー、ドッキングに成功し、ソ連をキャッチアップすることに成功。米国民の期待と熱狂は次第に高まり、この曲のカヴァーも後記「3」のアーティストのものを始め、次々とリリースされます。
そしてーー

69年7月20日 米、アポロ11号、月面着陸成功

全世界が月から送られてくる映像に釘付けになった瞬間でした。
日本では、多くの学校が明日から夏休みと言う日。
私自身も眠い目をこすりながら、深夜、TVにかじりついていたことを思い出します。

フランク・シナトラは自身のTV番組"SINATRA"で、「不可能を可能にした」とアポロの乗船員を讃えて、この曲を歌い上げ、米国民の意気は上がりました。
この時、この歌は言わば、時代のテーマソングとも言うべき存在になったのでした。

3.カヴァーしたアーティスト達

ここでは、ジョー・ハーネルのアレンジの登場を挟み、私の好みと言うより、それぞれのエポック・メイキングとなった演奏を優先的に紹介しましょう。
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まず、白人女性ヴァーカルの本流とも言うべき、所謂ケントン・ガールズ(スタン・ケントン楽団の専属女性歌手)出身のクリス・コナー。彼女はケントン楽団から独立後、53年に新興のBethlehemレコードと契約。その最後の録音(55年4月)で彼女はこの曲を選びます。この曲としては初期の録音の一つです。クールですが素直な歌唱を聴かせます。"CHRIS"(右画像)に収録。

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Nat King ColeがGeorge Shearingと共演した"Nat King Cole Sings/George Shearing Plays"(Capitol 左画像)。リリースは61年12月。
繊細で潤いのあるバッキングを受け、ナットが円熟味を感じさせる正統派バラードを聴かせます。

上記2曲とも、オリジナル・リリ-ス時のタイトルは"In Other Words"でした。
以下、ジョー・ハーネル&シナトラ以降のカヴァー作からーー

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65年リリースされたTony Bennettの歌唱は作者のバート・ハワードも称賛した出来。スゥインギーなフランキーとは対照的に、ゆったりと、ドラマチックに歌い上げます。
右画像"If I Ruled the World: Songs for the Jet Set"(Columbia)収録。
なお、ベネットは94年にMTVの人気番組"MTV アンプラグド : トニー・ベネット"に出演し、この歌を文字通り、アンプラグド(マイクなしで)歌いあげ、やんやの喝采を浴びます。
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ちょっと毛色の変わったところではBobby Womack。ラスト・ソウル・マンとも呼ばれている彼のソロ・デビューとなった、この曲を聞いた時の衝撃は忘れられません。大胆にデフォルメされたメロディ、ソウルフルなヴォーカル、アーシーなギタープレイ!
左はデビュー・アルバム"Fly Me to the Moon"(Minit 68年)

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インストゥルメンタル・ナンバーとしては、左画像のOscar Petersonの"Tristeza on Piano"(Verve 70年)を。
オスカー・ピーターソンが超絶技巧で疾走します。

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番外編:
90年代、社会現象にまでなったと評された人気アニメ・シリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」。この曲はそのエンディング・テーマとして、TV・映画版等を通じて、都度様々なアーティストによって異なるアレンジ・ヴァージョンで歌われた為、日本の若い層にもよく知られています。
宇多田ヒカルさんのヴァージョンもその一つに。(右上画像 2007年 EMI)(注7)


注1) バート・ハワード
本名:Howard Joseph Gustafson 1915年1月1日-2004年2月21日 アイオワ州バーリントン出生、89歳。当初、Mabel MercerやJohnny Mathis(上記のとおり、56年にこの曲を録音しています!)の歌伴を務め、51年からBlue AngelでMC兼ハウスピアニストを務めた。他に49曲の作品が登録されていますが、いずれもヒットはしていません。

注2) フェリシア・サンダース
本名:Felice Schwartz   ? -1975年2月7日 NY州マウント・ヴァーモント出生、53歳。
53年、Percy Faithと組んで映画"Moulin Rouge"の主題歌をColumbiaで録音。全米1位に。
彼女が"Blue Angel"で歌っていたのは、その直前ですから、この曲は楽曲登録年に先立ち、遅くとも53年初頭には完成していたことになります。因みに、フェリシアがこの曲を録音したのは59年になってからでした。

注3) ケイ・バラード  (Kay Ballard と表記されることもある)
本名:Catherine Gloria Balotta 1925年11月20日-  オハイオ州クリーヴランド出生。ブロゥドウェイやTV、映画で活躍。癌を乳癌を克服し、自伝"How I Lost 10 Pounds In 53 Years"。

注4)ジョー・ハーネル
本名:Joseph Harnell 1924年8月2日-2005年7月14日 NY州NY市、ブロンクス出生、80歳。
イージー・リスニング音楽家。58-61年、Peggy Leeの伴奏者、編曲家として行動を共にしていた。67-73年、Mike Douglas Showの音楽監督を務める。個人的には、72年2月、ジョン・レノンと小野洋子が同番組に出演した際も、番組中でビートルズ・ヒットを奏でたことがチェック・ポイント。その後ハリウッドで映画音楽、TVを担当。エミー賞受賞。

注5) クインシー・ジョーンズの回想
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"You'd Be So Nice To Come Home To"で紹介した54年のヘレン・メリツとブラウニー(クリフォード・ブラウン)の共演ヴァージョンのアレンジャーを務めた才人、クインシー・ジョーンズ。しかし、商業的な成功が見えてきたのは、ようやく映画「質屋」(62年)の音楽を担当してから。そしてそんな彼に更なる飛躍に繋がる電話が架かってきます。電話の主はフランク・シナトラ。依頼されたのが、このアルバムのアレンジでした。実は、偶然ですが、クインシーは先のジョニー・マティスのデビュー・アルバムのアレンジとプロデュースを依頼されていましたが、ディジー・ガレスピーから、国務省後援の米国初の黒人ミュージシャン・グループのワールド・ツアーのアレンジャー、音楽監督の依頼を受けて、これを断っています。マティスのこのアルバムはジャズ・アルバムとしては相応の評価を受けましたが、セールス的には今一でした。結局、その後、マティスはミッチ・ミラーと組んで、ポップスに方針転換し、ヒットを連発することになります。もし、この時、クインシーがこの仕事を引き受けていたら、当時、この曲にどんなアレンジを施したでしょうか。ジャズの歴史が少しばかり変っていたかも知れません。
後日、アポロ11号の乗船員から、この曲をスペース・シャトルの中で聴いた体験談を聞いたクインシーは「惑星間で初めて流れた曲を自分がアレンジしたことは強烈な刺激になった」と記しています。これが切っ掛けで次のヒットアルバムのタイトルが決まるのですが、それはまた別の機会に…
このようなエピソード満載の彼の「クインシー・ジョーンズ自叙伝」"Q:The Autobiography of Quincy Jones"(河出書房新社 02年)の見返を飾っているのは、彼が編曲したこの曲の楽譜です。

注6) 月着陸計画と米国民・3人の大統領
月着陸計画は、しかし、必ずしも最初から全米の熱狂的な支持を得ていた訳ではありませんでした。ケネディ暗殺後、大統領に就任したジョンソンは、自身がケネディに月着陸を進言した張本人でもあり、計画の実現に向けて邁進します。
(Wikipedia"Space Race"に拠れば、63年(彼の就任年)には33%だった計画の支持率を、世論操作により65年には58%に引き揚げたと記されています)
そして、次に大統領に就任し、月着陸の瞬間に居合わせたニクソンこそ、かつてアイゼンハワーのもとで副大統領を務めた時(59年7月)、フルシチョフとの有名なキッチン論争で、冷蔵庫の普及による資本主義の優位性を主張したにも拘わらず、宇宙開発競争での後れを指摘され、煮え湯を飲まされたご仁でした。

注7) 宇多田ひかるヴァージョン
2007年劇場版として公開された新たなシリーズ(ヱヴァンゲリヲン新劇場版・序)のテーマソング、宇多田ヒカルさん書き下ろしの"Beautiful World"が、CDリリースされる際にカップリングされたのが、映画の予告編でも使われ、エンディング・テーマとして定番になった、この曲の彼女のカヴァー・ヴァージョンでした。なお、彼女のオリジナル録音版は00年4月"Wait & See"とのカップリングでリリースされ、翌月には、この曲のリミックス4ヴァージョンがアナログ盤でのみでリリースされています。本CDに収録されているのは2007年MIX版です。

【 追記 】
2009年6月27日公開の「新劇場版・破」のテーマ・ソングも宇多田の"Beautiful World -PLANiTb Acoustica Mix-"、予告編(特報)の映像のバックには、やはり彼女による"Fly Me to the Moon"が使用されました。


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by Eiji-Yokota | 2008-09-04 19:51 | SONG | Comments(0)
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