Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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Tea For Two    「二人でお茶を」

-1924年 Irving Caesar + Vincent Youmans -
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人気の高いスタンダード曲。
ミュージカル"No ,No ,Nanette"の挿入歌。

但し、このミュージカルのオリジナルが、1924年4月23日デトロイトで初演された時には、まだ、この曲は含まれていなかったようです。各地での反応を見ながらプロデューサーやスタッフ達は少しづつこのミュージカルを補強していったのでしょう。
この曲が初めて登場したのは5月7日のシカゴ公演の時のようです。
1925年3月11日、ロンドンのPalace Theatreで上演開始。(上演回数665)
そして、遂にブロウドウェイで9月16日から上演されました。(上演回数321)





【ミュージカル"No ,No ,Nanette" 】

内容はドタバタ喜劇です。
聖書の出版で大金持ちになったジミーは支援しているガールフレンド達や後見しているナネットとアトランティック・シティで週末を過ごすことにします。実はジミーはガールフレンド達とは手を切るつもりで、弁護士のビリーと甥のトム(ナネットに夢中)も同行させていました。ジミーとビリーの妻達もアトランティックに行くことを決めます。こうして関係者が一堂に会するのですが、誤解や行き違いでお約束のドタバタが始まります。勿論、最後は大団円、ハッピー・エンドに。
ミュージカルの詳細は→こちら

【 曲と歌詞 】
この曲のオリジナルはミュージカル制作以前に既に原形があったようです。
具体的には、ヴィンセント・ユーマンス(注1)が数年前の海軍在籍時にメロディを書き上げており、ミュージカル制作にあたり、彼はアーヴィング・シーザー(注2)に曲を聞かせ、その場で歌詞を付けてくれるよう要請します。
もともとこのタイトル自体にある寓意が込められています。
19世紀ヴィクトリア朝の英国で紳士が淑女を午後のお茶に誘い、"Tea for two"と注文することが、これからプロポーズするサインだったそうです。
シーザーはとりあえず、男が思いを寄せる女性との新婚生活をあれこれ夢見る仮の歌詞をつけて、明日きちんとした歌詞を作ると約束します。しかし、翌日、歌詞を見直した二人は、結局このままでいくことにしました。

♫♫
夜が明けて目を覚ますと
君はシュガーケーキを焼き始める、僕の為に
見つめている男達みんなに見せびらかしたいのさ
さあ一緒に家庭を作ろう
男の子は君に
女の子は僕に
そうなれば僕らはどれだけ幸せになれるか分かるかい
♫♫

この歌詞全文は→こちら
なお、上記のとおり、本来は男が歌う歌として作られましたが、女性も歌いますし、その際には、家事の役割(少し時代錯誤の気もしますが…)や膝の上に乗せる関係上(?)、
YouとI(me)が入れ替わって歌われますので、念の為。
個人的には、男性が「僕が君の為にシュガーケーキを焼くよ」と歌うことも、それはそれで良いんじゃないかとは思っていますが…

【 カヴァー 】
最初に録音したのは、The Benson Orchestra of Chicagoです。
25年インストゥルメンタル部門5位。
そして、Marion Harrisが同年リリースしたものがチャート1位となり、大ヒット。
以後、テディ・ウィルソン(37年)やアート・テイタム(39年)他多くのアーティストがカヴァーします。
58年、Tommy Dorsey トミー・ドーシーのオーケストラがチャチャのリズムで演奏し、やはりヒット(インストゥルメンタル部門7位)しました。

さて、このミュージカルは何度か再演され、また、映画化されますが、一番有名なものは、1950年にドリス・デイの(初)主演で撮影された、タイトルも、そのものズバリの"Tea For Two"(Warner Bros.)でしょう。
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但し、ストーリーは例によって全く別物です。
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以下、ストーリーの要約:
ナンことナネット(ドリス・デイ)は歌と踊りに夢中。次の舞台に25千ドル出資すれば主役の座を与えらると言われ、両親の遺産を管理している叔父のマックスと掛け合い、「48時間"Yes"と言わなければ」と言う賭けをします。しかし、彼女は大恐慌で両親の財産が紙屑同様になっていたことを知りませんでした。一方、同僚の歌手のジミー(ドン・マクレー)から愛の告白を受け…
映画の詳細は→こちら
現在、サントラ盤はリリースされていません。ドリス・デイが契約していたコロンビアが映画の収録曲主体に再録音し、10インチLP"tea for two"をリリースしています。ジーン・ネルソンのタップがフューチャーされています。
右上画像は"Tea for Two/Lullaby of Broadway"(Collectable 01年)。本アルバム(上半分写真)を含む、10インチLP2枚を1CDにパックしたもの。

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私にとって、この曲のベストは何と言っても、映画"JAZZ ON A SUMMER'S DAY"「真夏の夜のジャズ」(Galaxy/Raven 59年 注3)のAnita O'Dayの名唱にとどめを刺します。
学生時代、地方の旧作専門の小さな映画館のスクリーンで見たアニタ姐さんは真夏の真昼間の部に登場したにも拘わらず、暑さも忘れるような、白い羽のついたつばの広いハットを被り、黒のノースリーヴと白い手袋で決めていました。見るからに小粋でファッショナブルで素敵で、今も目に焼き付いています。
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しかし、素晴らしかったのはファッションだけではありません。彼女はステージに上がると"Sweet Georgia Brown"を軽やかに歌い、続けてこの曲を歌いました。そのスゥインギーなこと!ドラムスやバックバンドとのアップテンポで自由奔放なスキャットでの掛け合いは、まさにスリリングでした。
裏話としては、彼女はステージ直前までヘロイン服用で朦朧としており、撮影されていたことも知らなかったと言われています。いずれにせよ、この映画で彼女は決定的な評価を得ます。
この時のライヴ音源はヴィデオでリリースされましたが、現在は入手困難のようです。参考までに彼女のCDで、ほぼ同時期のライヴ録音を。"At Mister Kelly's!(Verve 58年)

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次にインストゥルメンタル・ナンバーから一つ。"The Genius of Bud Powell
"(Verve)
この演奏も速い!ビバップの天才ピアニスト、バド・パウエルがロイ・ヘインズ(ds)、レイ・ブラウン(b)を従え、ひたすら突っ走っています。これでは誰も歌えないでしょう。そもそもオリジナル・メロディなど、ぶっ飛ばして疾走しており、聞いている方はただただ圧倒されるだけです。
この曲は先に触れたようにアート・テイタムもよく採り上げていました。先輩格のテクニシャンのテイタムとパウエルは時々軋轢を生じており、対抗意識を燃やしていたパウエルの「意地」がこの50年7月1日録音の演奏には込められているのもかも知れません。
現在のアルバムには別テイクまで収録されています。(録音当時は12インチのLPレコードが商業化された直後で、SPレコードともっぱら10インチLPレコードが主流で、収録曲数にも限界がありました)
パウエルはディジー・ガレスピー、チャーリー・パーカー等によって始められたビバップ革命の立役者、最重要人物の一人で、その演奏は後続のピアニストに大きな影響を与えます。
所謂破滅型のアーティストで麻薬に溺れ、また精神病院の入退院を繰り返しますが、この頃は絶頂期で、他にも素晴らしい録音を残しています。
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上記のアーティストに限らず、殆どのカヴァーではこの曲をアップテンポで演奏していますが、最後にスローなアレンジものを。
ジャケットを見ると思わず、引いてしまいたくなる方もいらっしゃるかも知れませんが、これこそ所謂AOR(日本では"Adult-Oriented Rock"の略として広く使われているので、ここでもその用法に従います)の先駆として位置づけられる名盤です。
Nick Decaroの"Italian Graffity"(Blue Thumb 74年)
ソフト・ロック系のアレンジャーとして既にプロからは高い評価を得ていた彼がシンガーとして世に問うた作品。やや渋めですがメロウなサウンドが展開されています。
丁度マイケル・フランクスが話題になった頃で、デカロはマイケルの"Art Of Tea"にも協力しています。当時から、AORやソフト・ロック路線は敬して遠ざけていた私でしたが、この曲を初めて聴いた時は本当にその独自な世界に驚かされました。その感動は今も褪せません。

【 番外編 】
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この曲には実はれっきとしたクラシック・ヴァージョンがあります。
なんと、20世紀最大の作曲家の一人とも称えられる、かのドミートリイ・ショスタコーヴィチ(Дмитрий Дмитриевич Шостакович/ Dmitrii Dmitrievich Shostakovich、1906- 1975 )
(!)のペンによるものです。
しかも、ショスタコーヴィチは、あろうことか別のタイトルを付け、ちゃっかり「作品16番」として発表しています。その曲こそ、"Tahiti-Trot"です。
右画像はその曲が収録されているアルバム"Shostakovich: The Jazz Album"(Decca 93年)
尤も、ジャズと謳ってはいますが、あくまで軽音楽(ワルツ、ポルカ等)の総称と思って聴いていただいた方が無難です。
真偽の程は定かではありませんが、この編曲(?)誕生については、かなり有名なエピソードが語り伝えられています。
28年10月のレニングラード(*)。指揮者のニコライ・マルコ(Николай Андреевич Малько/ Nikolai Malko 1883-1961)は自宅でショスターコーヴィッチと二人、この曲のレコード(誰の盤かは不明)を聴いていました。
(* ウクライナ楽旅中説もあり)
マルコはショスタコーヴィチの交響曲第1番の初演の指揮者であり、両者は親しい関係にありました。マルコはショスタコーヴィチに「この演奏が気に入らないのかな?良いだろう、この曲を記憶だけでオーケストレーション出来るかい?」と挑発し、1時間で出来たら100ルーブル払い、演奏会で披露するが、と慇懃に提案します。
その頃、22歳のショスタコーヴィチは先の交響曲第1番の成功で「現代のモーツアルト」と称されるほどの最初の名声を勝ち得ていた時期でした。もともとジャズや軽音楽好きの彼はこの賭けを受けて立ちます。
そしてわずか45分(40分説もあり)でオーケストレーションを完成して見事賭けに勝ち、まんまんと100ルーヴルをせしめたのです。
11月25日、モスクワ音楽院大ホールにてこの曲はソフフィル管弦楽団により初演。指揮は勿論マルコでした。
ショスタコーヴィチの評伝や現代音楽関係の本によく記載されている有名なエピソードですが、かなり眉唾です。詳細は(注4)をご覧下さい。
ショスタコーヴィチはその後、更に、バレエ「黄金時代」(30年)を作曲した際、この曲を再び編曲して組込んだりもしました。残念ながら、レニングラードで初演されたこのバレエはすぐに上演中止に追い込まれ、彼にとっては苦い思い出となります。
また、後年、ジャズをアレンジしたことで当局の怒りを買い、その意向を受けたRAPM(プロレタリア音楽家連盟)から非難され、彼は自己批判させられています。そして、この作品は公的記録上は長く「紛失」扱いとなるのです。

********************

注1) Vincent Youmans ヴィンセント・ユーマンス

1898年9月27日 - 1946年4月5日 45歳 NY州NYC出生
 本名:Vincent Millie Youmans
作曲家、ミュージカル・プロデューサー
帽子職人の息子として生まれ、エンジニアを目指しエール大学へ進むも挫折、ウォールストリートで使い走りをしていたが、第1次大戦の勃発と共に海軍に入り、そこで音楽に目覚めたようです。19年、除隊後はピアニストとなり、21年にはアイラ・ガーシュウインと組んで初ミュージカル"The Little Girls in Blue"を手がけます。この"No No Nanette"で大成功を収めました。
代表作"I Want to be Happy"もこの時の作品。
34年、野心作"The Vincent Youmans Ballet Revue"が失敗。4百万ドルの負債を抱え、引退。
コロラド州デンヴァーにて結核で死去。
作品は100曲足らずだが、レベルは高く、代表作には上記の他、"Sometimes I'm Happy" "Without a Song" "Time on My Hands" "More Than You Know"等
1970年、Songwriter's Hall of Fame入り。

注2) Irving Caesar アーヴィング・シーザー

1895年7月10日 - 1996年12月18日 101歳 NY州出生 本名:Isidor Keiser
 ルーマニア系ユダヤ人 
作詞家、ミュージカル・プロデューサー
ASCAPの役員を務め、Songwriters Guild of Americaを創設。
代表作:"Swanee" "I Want to be Happy" "Sometimes I'm Happy" "Crazy Rhythm"等

注3) Jazz on a Summer's Day  真夏の夜のジャズ

58年7月3-6日 米国ロードアイランド州ニューポートで開催された第5回New Port Jazz Festivalのドキュメント映画。
あたかも1日の出来事のように編集された84分のフィルムには、ジャズの最も幸福な時代の一コマが鮮明に焼き付けられています。

59年 カンヌ映画祭で特別公開 60年米国NYCプレミア上演。
映画の詳細は→こちら

一部にフェスティヴァル以外の映像が使われているとか、ライヴ演奏の記録自体よりも映像美の追求に走り過ぎているとか、あるいは、マイルス他の実力派黒人アーティストの演奏部分がないのは片手落ちだとかの批判はあります。しかし、最も輝き、人気を博していた時代のジャズが詩情豊かに綴られているのは動かし難い事実です。
ジャズファンに限らず、音楽の好きな方に是非見ていただきたい映像です。
また、DVD等が再発売されたら、ブログ等でもご案内したいと思っています。

注4) 旧ソ連(現ロシア)における"Tea for Two"

最近、ネットサーフィン中に、偶然、このエピソードについて掘り下げた解説ブログを見つけました。→「私たちは20世紀に生れた
詳細は上記ブログを参照いただきたいのですが、それによると、マルコの自伝にはこのエピソードの記載がなく、代わりに、この曲が既にセルゲイ・トレチャコフ作の『吼えろ支那 Рыуи Китай』(1926年1月13日モスクワ、メイエルホリド劇場で初演。日本では大隅俊雄訳で劇団築地小劇場が29年8月31日初演)の舞台で演奏されていたと記述されていることにブログの管理人さんは注目しておられます。
この演劇はアヘン戦争後、欧米に蹂躙されてきた中国を舞台に、欧米人の横暴に中国人港湾労働者が立ち上がるまでを描いたプロレタリア作品で、その中で船の甲板で欧米人のカップル達がフォックストロット(所謂ラグタイムに合わせて生まれた歩行中心のダンススタイル。因みに現在のダンス・スタイルではテンポを落としたスロー・フォックストロットが主流)を踊るシーンがあり、(この曲が使われたのは)「この場面に違いない」と記しておられます。
そもそも何故、"Tahiti-trot"と名付けられたのか今まで疑問だったのですが、以下、これまでの「定説」を覆す説が展開されています。
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左画像は、1926年出版のロシア版楽譜。ショスタコーヴィッチのものではなく、タイトルもTaitiと綴られています。どうやら、その表記によれば、これはオペレッタ"Карбера Пирпойнта Блэка"(直訳すれば「ブラック波止場の発展」?)の挿入曲で、作者はなんと、シーザー+ユーマンスでなく、コンスタンチン・ポドレスキー(詞)、ボリス・フォーミン(曲)となっています。
これは明らかにパクリです。しかし、これによって、先のオペレッタで"Taiti Trot"を聴いた上記「吼えろ支那」の関係者(管理人さんによれば、音楽監督のレフ・アルンシュタム)が、フォックストロットの場面の伴奏曲として、この曲を採用したとの仮説が成立します。
いずれにせよ、上記の賭けのエピソードの真相は別として、この曲がショスタコーヴィチの編曲前に当時のモスクワっ子にある程度親しまれていたことは間違いなさそうです。(もしそうであれば、ショスタコーヴィチは既にこの曲を聴いていた可能性が極めて高くなります。だとすれば、マルコはそれを百も承知で敢えて不利な賭けを仕掛けたことになりますし、そもそもこのエピソードが事実であったかどうかも疑問が生じますね。マルコの自伝によれば、ショスタコーヴィチは以前から、この曲をピアノで弾いていたと記されているそうです。
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もともと、このエピソードの出典としてはソロモン・ヴォルコフ(Соломон Моисеевич Волков/ Solomon Volkov、1944 - )による「ショスタコーヴィチの証言 (中公文庫)」Testimony 79年出版の書籍が最初のネタ本と言われており、今日ではこの本自体の信憑性が疑われています。因みに、「証言」ではマルコは「ある指揮者」となっています。)

ところで、「歴史は繰り返す」あるいは「因果は巡る」とは、このブログのお馴染みのパターン(例えば、自作のミュージカル曲を映画化に際して破棄されたリチャード=ロージャーズが、別の作品の映画化の際には、別人の手によるオリジナル作品に代わる新作を要請される…あの話とか)ですが、ここでも歴史は皮肉な「お仕置き」を二人に下します。
先のパクリのコンビによるある作品が、後に世界的に大ヒットするのですが、そこでは作者は間違ってクレジットされた為、多くの人はそれが彼等の作品とは知る由もなく、もちろん、彼等やその子孫にも印税は(多分)届かなかったのです。
その世界的ヒット曲こそ、我がビートルズ(Appleレコード)が発掘した新人で唯一商業的成功を納めたメリー・ホプキンのデビュー曲、"Those Were The Days"「悲しき天使」でした。
詳細経緯は下記を。この話も上記管理人さんのブログで教えていただきました。
The Story of Those Were The Days


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by Eiji-Yokota | 2009-01-11 01:24 | SONG | Comments(0)
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