Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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Out There! Japan Tour    2013  ②

c0163399_19305827.jpg


ひどいピンボケ写真で、何が写っているかも、よく分からない画像ですが、11月19日、開演前の東京ドームのポールのステージ風景です。
携帯やスマホはフラッシュをたかない限り解禁だったので、コンサートの前に試しに撮って見ましたが、うまく行きませんでした。これは、その1枚。
因みに、ライヴの最中は、とても、そんな余裕はありません。
ポールの一挙手一投足に釘付けでしたから。

それでも雰囲気はなんとか伝わりませんか?

さて、日本公演の内、ビートルズ時代の楽曲だけ、当時のシングル盤のピクチュア・スリーヴ(PS)中心にご紹介している今回のシリーズの後半です。

当日のSETLISTや全体観 → ここをクリック

前半部分(OUT THERE JAPAN TOUR ①) → ここをクリック


①からの続きですが、生憎、ここからの数曲は日本でも(?!)シングルカットされなかった曲が続きます。



All Together Nowc0163399_18583470.jpg録音:67年5月12日
サントラ・アルバム"YELLOW SUBMARINE"(69年1月13日リリース)収録。
"Magical Mystery Tour"セッション時の「忘れ物」
アニメ映画"Yellow Submarine"の企画が持ち込まれ、「新曲」が必要になった際、これらの「捨て曲」の出番が巡って来たのです。
この曲は映画の中で使用された他、ビートルズ本人達が登場するエンディングで歌われて以来、「皆さんご一緒に」と場を盛り上げる曲の定番となりました。
ライヴでは"Out There"ツアーで初登場。

c0163399_21353453.jpgLovely Rita
録音:67年4月1日
アルバム"SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB"(67年6月1日リリース)

ポールが駐車違反で捕まった時の実体験を元に作った曲。
曲中の"Meter Maid"とは米国で女性交通取締官を指す言葉。
完成した歌詞は気弱な事務員が力強い女性警官への純情を歌ったものに。
ライヴでは"Out There"ツアーで初登場。


c0163399_18425792.jpgEleanor Ringby
録音:66年4月28・29日
傑作アルバム"REVOLVER"と同時発売のシングルカット(8月5日)。
"Yellow Submarine"と両A面。
躍動するメロディとストリングス、でも基本的なコードはEm7とCのみ。
諦観とも言える歌詞。
ジョンは歌詞は大半が自分の作と主張しています。内容的には、そう言われば、そうかも知れないとも思いますが、やはりポールが大半を書いたと信じたい。感動的な作品で最初に聴いた時は愕然としました。
日本盤のPSは当時記憶も鮮明な来日公演のステージ・ショットから。

c0163399_116443.jpgBeing for The Benefit of Mr.Kite
録音:67年2月17日他
アルバム"SGT. PEPPERS"(上記参照)収録。
流石の日本でも、この曲はシングル・カットされませんでした。

67年1月30/31日、ビートルズは"Strawberry Fields Forever""Penny Lane"のPV撮影の為にケント州セヴノークスを訪れます。同地の骨董屋でジョンは1843年ランカーシャ州で開催されたのサーカスのポスターを見つけました。
その画像が左。下画像でジョンが当時住んでいたケンウッドの自宅で、このポスターを指さしています。

歌詞はポスターの文言を散らばめて出来ています。この辺りはいかにもジョンですね。
ポールは"Many Years From Now"の中で、曲は共作だったと主張しています。
あまりポールらしい部分は感じないのですが…
ポスター購入から(作曲し)録音までの期間の短さにも注目!
ジョンはプロデューサーのジョージ・マーティンに「床に敷き詰めたオガ屑の匂い」がするサーカスの雰囲気を出したいと言ったそうです。
ライヴでは"Out There"ツアーで初登場。

c0163399_0584582.jpg


c0163399_137828.jpgSomething
録音:69年5~8月
"ABBEY ROAD"(69年9月26日リリース)から"Come Together"と両A面でシングルカットされました。(10月6日リリース)全米No.1。
ジョージにとっても初のビートルズ・シングルのA面であり、チャート・トップ曲になった曲。
既発売のアルバムからシングルカットされるのは英国では初めて。
当時、アラン・クレインがマネージャーに就任しており、彼の商業政策の一環。

ポールはジョージの死後、この曲を採り上げるようになります。
ジョージのウクレレをつま弾き、軽くアコースティックな雰囲気で演奏した後、中間部からバンドが入り盛り上げていく構成。
ステージではリンダ・マッカートニーがアビーロード・スタジオで撮影したポールとジョージのリハ画像がスライド的に映し出されて…思わず目頭が熱くなってしまいました。

c0163399_2231103.pngOb La Di , Ob La Da
録音:68年7月3日
"THE BEATLES"(上記参照)収録。
当時マーマレード、ベッドロックス等がいち早くカバーし、日本では、これらに対抗する形でシングルカットされた。
結果として、これが日本における最初のアップル・シングル盤となるのです。
PSはホワイトアルバムの付録の各人のポスターを使用。
題名はナイジェリアのコンガ奏者ジミー・スコットがよく口にしていたフレーズ。彼は、ナイジェリアのヨルバ族の言葉で"life goes on"の意味と称していましたが、彼による造語の可能性が高いですね。


c0163399_21225935.pngBack in the U.S.S.R
録音:68年8月22-23日
"THE BEATLES"(上記参照)収録
前記68年2月のインドでの修行中に作曲された。
一行の中にはビーチボーイズのマイク・ラヴがおり、彼もアイデアを提供したと言われています。
全体として"Back in the U.S.A"(チャック・ベリー作)とビーチボーイズのパロディになっています。
それにしても、このサウンド、この疾走感!
購入したばかりのビートルズの最新作(と帯にも書いてあった)2枚組のA面にワクワクしながら針を落とした、あの瞬間、スピーカーから聞こえてきたサウンドの滅茶苦茶格好良かったこと。
今でもあの時の新鮮な驚きははっきりと覚えています。

76年6月25日に編集盤"ROCK'N'ROLL MUSIC"リリースに合せ、英国でのみシングル・カット。
日本で盤は83年「シングル・コレクション」再発売時ボーナス・シングル扱いとしてリリースされましたが、単独ではリリースされていません。

この曲はロシアの「赤の広場」でのコンサート(2003年)でもハイライトを飾りました。
ところで、USSR=ソ連って、知っていますよね。英国海外航空=BOACも。
この2つは早々に消滅してしまいましたが、名曲は不滅だったと言うことですかね。


c0163399_19445123.jpgLet It Be
録音:69年1月31日他
70年3月6日リリース。
超有名曲・人気曲であり、今さら解説は不要でしょう。
その歌詞から、別れ別れになっていくビートルズに対するポールの(潜在的な)想いを読み取る人も少なくありません。
ここに来て、ようやくUK盤と日本盤が同じレイアウトのPSになります。
しかし、日本盤オリジナルにある"STEREO"表記は誤りで、実際にはステレオ・リミックスだったものを日本ではモノラルでリリースしてしまいました。


c0163399_20232516.jpgHey Jude
録音:68年7月31日-8月2日
68年8月26日USリリース
リアルタイムで活動する現役のビートルズにギリギリ間に合った私にとって、この曲は自分の小遣いで買った初めてのシングル盤でした。
朗々と語りかけるメロディアスな前半、そしてポールのシャウトの後、一転して大合唱が展開される後半。
「こんなの有り?」と言う7分13秒でした。
今ではポールのコンサートでフィナーレで全員参加する重要パートになっています。


c0163399_2057586.jpgDay Tripper
録音:65年10月16日
65年12月3日リリース
日本盤PSは両A面の「恋を抱きしめよう」で紹介しました。
で、ここでは米国盤を紹介。アルバム"FOR SALE"ジャケット(日本盤"Eight Days A Week"は裏ジャケ)写真を使用。
「日帰りの旅人」と当時は単純に理解して満足していました。
ある日、"Trip"と言う言葉のもう一つの意味に気付いて(当時は英和辞典には載ってなかったなあ)、納得。
彼等らしい遊び心に溢れた活きの良いロック・ミュージックです。


c0163399_21234148.jpgGet Back
録音:69年1月27・28日
69年4月11日リリース
英公式盤ではThe Beatles with Billy Preston とクレジットされてリリースされました。
日本番PSはホワイト・アルバムの4人のポスターの使い回しですけどね。
英国盤はモノ・ミキシングですが、今度は日本盤がステレオ・ミックスでした。
しかし、この曲、モノ・ミックスの方が断然良いのです。迫力が違います。
因みに、私が行った19日だけは、この曲に替え、下記の曲が演奏されました。


c0163399_21412043.jpgI Saw Her Standing There
録音:63年2月11日
アルバム"PLEASE PLEASE ME"(63年3月22日リリース)収録。
本セットで最も古い録音。
この時ポール、20歳。
この日、ビートルズの最初のアルバムの為、既録音の4曲を除く全10曲が約10時間で録音されました。
記念すべきアルバムの第1曲に選ばれたのが、この曲。
第1テイクに、ジョージ・マーティンによってダビングされた第9テイクの"One , Two , Three , Four"のカウントは、まさに、新しい時代の幕明けを告げるものでした。
31週続いた、このアルバムの英チャートのトップを阻んだのは、彼等のセカンド・アルバム"WITH THE BEATLES"でした。
米国では"I Want To Hold Your Hand"のB面として、日本では"From Me To You"のB面としてリリースされました。英国ではシングル・カットされていません。
いかにも若さに任せて強引に作ったロックンロール。しかし、それがこの曲の最大の魅力。71歳、大御所になっても、なおこの曲を歌い続けるポールに脱帽。
日本では、19日だけ演奏されました。


c0163399_20172466.jpgYesterday
録音:65年6月14、17日
アルバム"HELP!"(65年8月6日リリース)収録。
当時、米国と日本では"Act Naturally"のB面としてリリース。英国では76年の再発版シリーズまでシングル・カットされませんでした。
(注:ここでは所謂コンパクト盤=シングル盤サイズで33回転のもの=は一切考慮しません)
今さら説明不要な曲ですが、B面扱いだったのは意外でチョット面白いですね。
この曲の存在によりビートルズが、(良きにつけ悪しきにつけ)それまでに比し、格段に幅広いファン層を獲得し、その名を決定付けたことだけは間違いないでしょう。
ポールは日本のステージでは、この曲を福島の被災者に捧げました。一方主宰者側の計らいで最終日ではポールへのサプライズとして観客が一斉にサイリウムを点灯し、会場に赤い海原が出現したようです。
ムム、参加したかった…残念。

c0163399_21523038.jpgHelter Skelter
録音:68年9月9日
アルバム"THE BEATLES"(前出)収録
ポールの作った飛び切りのハードロック。
モノとステレオではミックスが違っており、例のリンゴの「指にマメができちまったよ!」が聴けるのはステレオ版だけ。
76年6月編集アルバム"ROCK'N'ROLL MUSIC"リリースに合せ、シングル・カット。
この曲を「人種間の戦争」「ハルマゲドン」と解釈したチャールズ・マンソンによって、69年8月、あの悍ましいシャロン・テート殺害事件が起きました。ポールには、何の関わりもありませんが、そういう時代でもありました。



Medley:c0163399_2245482.jpg① Golden Slumbers
② Carry That Weight
③ The End
録音:①② 69年7月2・31日、8月15日(オーバーダブ) ③7月23日、8月15日(オーバーダブ)
アルバム"ABBEY ROAD"(9月26日リリース)の最後を飾るメドレー
(当時はボーナス・トラックの"Her Majesty"はアルバムにはクレジットされておらず、シークレット・トラック的に最後に秘かに収録されていました)

リリースこそ"LET IT BE"が「最後」になるのですが、"ABBEY ROAD"こそ、活動中の現役バンドとしてのビートルズの実質ラスト・レコーディング、アルバムとなります。
おそらく各メンバーの中にも、これがラスト・アルバムになると言う暗黙の思いがあったのでしょう。"LET IT BE"セッションで見られた確執は、ここでは殆ど姿を消し、彼等は自己の持てるものを、このアルバムに注ぎ込み、短期間でラストを飾るに相応しいアルバムを創り上げました。
当時、ファン達は、アナウンスだけはされていたものの、一向にリリースされない、アルバム"GET BACK"を待ち侘びている状態でした。(当時のビートルズの内情が判明したのは、彼らの解散後でした)
そこにいきなり、"ABBEY ROAD"が出現したので、本当に驚きました。
そして、そのアルバムの素晴らしさにも。
だから、このアルバムの最後を飾る、このメドレーは当時を知るファンにとっては格別の思い入れがあります。

69年7月初め、ジョンはヨーコ、ジュリアン(ジョンと先妻シンシアとの子)、京子(ヨーコと先夫アンソニー・コックスとの子)とスコットランドにドライブに出かけ、交通事故を起こし、軽傷でしたが入院する羽目に。
つまり、ジョン抜きで"ABBEY ROAD"セッションは始まったのです。
これは確執でも意地悪でもなく、単純に予約したスタジオを遊ばせたくなかったからと私は思っています。
なにせ、ポールの家はAbbey Road Studioの直ぐ近くですから。根っからの仕事人ポールとしては、曲が出来ている以上、とにかく早く録音したかったのでしょう。
だから実質"ABBEY ROAD"セッションの最初の曲である①にはジョンは参加出来なかった訳です。ジョンは7月9日から録音に復帰。②のバックコーラスのオーヴァーダブには参加。
そして③は実質4人が揃って演奏した最後の曲であると共に、ラスト・アルバムの最後の曲と言うだけでなく、演奏面でも特別な曲でした。
唯一のリンゴのドラム・ソロがフィーチャーされると共に、これまたビ-トルズ史上最初で最後の、ポール、ジョージ、ジョンの順によるギター・ソロの応酬が3回繰り広げられます。
私は、このギター・バトル、テクでは二人に適わないと見たジョンのゲリラ的でフリーキーなプレイの圧勝と思っていますが、皆さんの評価はいかがでしょう。

1989年のツアー以来、ポールはこのメドレーで大半のコンサートを締めています。
③のギターソロの順はポール、ラスティ、ブライアンでオリジナルより長め。

「結局、君が得る愛は君が捧げた愛に等しい」

こうして3時間近いコンサートは終わりました。
満足度200%のライヴでした。

おかえりなさい、そして、ありがとう、ポール。
思春期に貴方に出会えて本当に良かった。


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by Eiji-Yokota | 2013-12-29 00:32 | 口上 | Comments(1)
Commented by motoharublues at 2013-12-29 13:11
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