Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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Take The "A" Train    「A列車で行こう」

- 1939年 Billy Strayhorn -
c0163399_2028038.jpg

【 歌詞 】

♫♫♫
ハーレムのシュガーヒルに行くなら
A列車にお乗りなさい。
もしA列車に乗り遅れると、
ハーレムへの一番速い列車を逃すことになりますよ。
急いで!列車が今ホームに入って来る。
聞こえるでしょ、レールの軋む音。

「ご乗車ありがとうございます。
直ぐにハーレムのシュガーヒルです」

♫♫♫

華麗なブラス・サウンド、ワクワクする高揚感。
楽しくスゥインギーなジャズ・コンサートの開幕です。
(そう言えば、ストーンズも81年の全米ツアーでは、この曲で彼等が登場してきたなあ…)

ジャズの領域を超え、広く知らている名曲。
長くエリントン・オーケストラのテーマ・ソングとして親しまれてきました。
冒頭画像はAd Meskens 氏撮影(ウィキメディア・コモンズ)

A列車は元来NY(ニューヨーク)の地下鉄ですが、
この曲が有名になるにつれ、様々なA列車が登場します。
例えば、
2012年3月、森田芳光監督の遺作となった映画「僕達急行 A列車で行こう」(東映)公開
2011年10月、JR三角(みすみ)線[熊本駅=三角駅]に観光特急A列車が運行開始
(「天草」と「アダルト」のAだそうです)
1986年以来制作されているシュミレーション・ゲームの人気シリーズ「A列車で行こう」(アートディング)


さて、ここでは一応、本家のジャズ・ソングの解説を…



歌の舞台はNYC(ニューヨーク市)

Sugar Hill シュガー・ヒル:
NYCのマンハッタン区北部のハーレムにあるレンガ造りの建物の立ち並ぶ高級住宅街。(下画像は"Harlem One Stop"サイトから)
c0163399_2325553.jpgもともと、19世紀に白人中流階級以上の層の為に開発されましたが、20世紀に入ると成功したアフリカ系米国人の富裕層が住む街となりました。
当時、ハーレムを中心にアフリカン・アメリカンによる独自の、そしてやがて世界中を魅了する音楽、文学、藝術全般に及ぶ一大ムーブメントとも言うべき、『ハーレム・ルネサンス』が花開きました。
その成功者達が居住したのが、この街でした。
ネーミングに込められた「成功の甘い丘」と言う、そのニュアンスが彼等のプライドをくすぐり、街の名前として定着した所以と言われています。
デューク・エリントンも住民の一人でした。

A列車:
NYを走る地下鉄の路線の一つ(の愛称)。冒頭画像の電車の正面の窓に注目
具体的には、マンハッタン区南端のロッカウェイビーチからブルックリンを経て、マンハッタン島に入り、ハーレム~マンハッタン北部を結ぶ8番街線急行(A Eighth Avenue Express)がそれです。
(注:NYのマンハッタンの街路は南北のAvenue、東西のStreet が、それぞれ交錯。因みにフロリダでは逆です。ここでは便宜上Avenueを「街」、Street を「丁」と訳して区分します)
沿線の125丁駅近くにはハーレム・ルネサンスの拠点の一つでもあり、今なおブラック・ミュージックの殿堂として名高いアポロ劇場があります。
20以上の路線が複雑に網の目のように広がるNY地下鉄網は、乗客の利便性の為、行先・各停/急行の区分の記番号が付されています。
8番街線ですと、A(急行)、C(各停)、E(各停、途中からクィーンズ大通線へ)と区分されます。
下図はMTA(Metropolitan Transportation Authority)のNew York City Subway の路線図。
小さくて見辛いかも知れませんが(適宜、拡大してください)、右下から左上へと大きくカーブしながら続く青い線、所々にA、C、Eの表示があるのが、8番街線です。
残念ながら、画像の様にあまり綺麗な車体でもなく、故障・遅延も多く、人気がある路線とは言えないようです。
正確には、同線はアポロ劇場(125丁駅)付近で8番街から1つ西の聖ニコラス街に沿って北上、次の急行停車駅が145丁駅。Sugar Hill の最寄駅です。
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【 誕生秘話 】

① 作曲編

エリントン・オーケストラの代表作ですが、作者はエリントンではなく、彼の片腕として知られるBilly "Swee' Pea" Strayhorn (1915 – 1967) ビリー・ストレイホーンの作品です。
彼の生涯とエリントンとの関わりについてはWho's Who を参照ください。

この曲の誕生については異説があります。
大きく分けて1939年と41年説の二つです。

まずは、ビリー・ストレイホーンとエリントンとの出会いから順を追ってみていきましょう。

ビリーは、ピッツバーグの貧しい労働者の家庭に生まれました。
クラシック音楽家を志しますが、黒人学生には音大への奨学金は出ず、将来の道を閉ざされたビリーは高校を中退。アルバイトしながら、地元でジャズ・ミュージシャンとして活動していました。
1938年、ビリー23歳の時、ツアーでエリントン楽団がピッツバーグへ来訪。
友人の伝手でビリーはエリントンの前で即興演奏を披露。
ビリーの才能を認めたエリントンは彼にNYへ出てくる様、誘って自宅までの道順を教えます。
「シュガー・ヒルに来るには、A列車に乗ることだ」

文献によって、この辺りの詳細は微妙に異なっています。
エリントンの自伝によれば、最初に楽屋で誘った後、ニュージャージー州ニューアーク、アダムズ劇場にビリーが再び現れます。
「今度は逃げるなよ」と私は言った。「今夜一緒に連れて行くからな」
そして私は実際にそうしたのだ。
私は彼を(注:シュガー・ヒルの) Edgecombe Avenue 381番地に連れて行って言った。
「ここが私の家だ。そして君の家だ」

(デューク・エリントン"Music Is My Mistress" 「A列車で行こう」1973年)

いずれにせよ、翌年(1939年)1月、ビリーはNYへ出てきます。
最初の説では、エリントンの道案内を元に、一度も乗ったことのないA列車をテーマにした本曲を手土産にしたとしています。
彼は、大好きだったフレッチャー・ヘンダーソン・スタイルで作ることを思い立ったとインタヴュー(Stanley Dance "The World Of Duke Ellington")で答えています。
しかし、当時のエリントン・オーケストラのカラーには似合わないとボツにされたと言われています。
c0163399_1210348.jpg作曲の時期は別として、この曲が世に出る切掛けは、全米を巻き込んだ音楽ビジネスを巡る争いからでした。
1940年、米国の著作権管理団体であるASCAP(The American Society of Composers, Authors and Publishers)は、利用料を倍額にするとラジオ局他に通告。
これに反発したラジオ局は、41年1月からASCAP管理の楽曲を一切放送しないと言う対抗措置を講じます。(ASCAP BOYCOTT)
エリントンの楽曲は全てASCAPが管理していました。
オーケストラは既にカリフォルニア州LA郡のCulver City カルバー・シティのCasa Manana への長期出演と、2月16日の夜のMBSラジオでの中継が決まっていましたが、突然、間際になって、演奏可能な曲がなくなってしまったのです。
そこでまだASCAPに属していない息子のMercer Ellington マーサー・エリントンとビリー・ストレイホーンが駆り出され、彼らは不眠不休で作曲に取組みます。
ここで生まれたのが、 “Johnny Come Lately”、 “Chelsea Bridge”、 “Day Dream”、 “After All.”(以上、ビリー)。 “Things Ain’t What They Used to Be”、 “Blue Serge”、“Moon Mist”(以上、マーサー)等。そして、この曲でした。
第2の説では、この時、マーサーがゴミ箱に捨てられていた、この曲を見つけ、ビリーにその理由を質すと『古臭いスタイルの曲だから』と説明したとしています…

とまれ、その後、同曲はそれまでの"Sepia Panorama"に代わって、エリントンのテーマ・ソングとなります。
その記念すべき最初の録音はコンサートの前日、2月15日RCA/Victorのハリウッドのスタジオで行われました。
エリントンによる躍動感溢れるピアノのイントロに始まり、Ray Nance レイ・ナンスの生涯の名演奏に数えられるトランペット・ソロをフィーチャーした同曲(Victor 27380) は、7月に11位を記録。インストゥルメンタルの曲としては大ヒットでした。
なお、作者のビリーはこの曲の演奏には参加していません。

上画像は「A列車で行こう」(BMG 2000年)、RCA系の代表的オリジナル音源を1枚にまとめた編集盤

② どの駅からA列車に乗るのか?

本曲のタイトル候補に"Choose the A Train over D Train"(D列車じゃなくA列車を選ぶんだよ) があったとストレイホーンはインタビュー(Stanley Dance)で語っています。
D線(6番街急行)でブロンクスに向かう主婦達にそう教えられたと。

以前から疑問だったのですが、目的地が145丁駅と言うことは間違いないのですが、そもそも作者はどこから地下鉄に乗り込もうとしているのでしょうか?
おそらく、路線が多く乗り入れている駅で間違えないように指図された筈です。
実は私もNYには数年前1度だけ商用で訪問したきりです。(因みに、ハーレムには行っていません。ダコタハウスだけはなんとか必死に都合つけて…)その時の記憶と地図や路線図と睨めっこして考えてみることにしました。

因みに、先のストレイホーンの発言に沿ってA線とD線が交錯しているところを探してみました。
少なくとも59丁駅から145丁駅まではA、B、C、D線とも同じ駅に停まるので、59丁駅から北側の駅ならば、どの列車に乗っても目的地の145丁駅に着くことになります。
145丁駅から北となると、A、CとB、Dはそれぞの157、155丁駅ホームを経て、前者はマンハッタン北部に、後者は東に折れハーレム川を越えてブロンクス方面に向かいます。
つまり北から南下する場合は、駅ごとに列車は特定され、線を選択する余地はありません。したがって、乗車駅は59丁駅より南のどこかの駅の筈です。

次にエリントンがストレイホーンに自宅への道順を教えた前提で考えてみましょう。
ピッツバーグからの移動は1939年時点でも飛行機が通り相場でしょう。仮に飛行機でないとしても、NYを目指す「おのぼりさん」を引寄せる場所は「世界の交差点」と言われるタイムズ・スクエアをおいて他にないでしょう。
各空港から同所への直行便(バス等)が出ており、その終着駅はA線駅でもある「42丁/空港バスターミナル駅」です。隣の「タイムズ・スクエア/42丁駅」とも繋がっており、両駅には殆どの急行線が停車し、路線乗換も可能です。逆に言えば、ここで線を間違えると大変なことになります。
因みに145丁駅までは急行で3駅であり、歌詞のとおり「直ぐにシュガーヒル」に到着します。
つまり、エリントンは「空港から直行便でタイムズ・スクエアに出て、42丁駅でA線に乗れ」と教えたと考えるのが一番自然でしょう。
なお、先のD線は少し離れた「42丁/ブライアント公演駅」で乗車し145丁駅方面に向かいます。
したがって、先のストレイホーンが主婦達の言葉を聞いたと言う状況については、どうも釈然としないものがあります。
ニューヨーカーの方に、是非、この辺りの解説をお願いしたいところです。

③ さまざまな歌詞 ジョヤ・シェリルの存在

では、今さらですが、歌詞は誰が作ったのでしょう。
ASCAP登録上はビリー・ストレイホーン以外のクレジットはありません。

一方、現在、様々な歌詞の存在が確認されています。(後記「カヴァー」の項も参照)

代表的な歌詞(英語)はこちら→ Seeklyrics

また、「エリントン版の歌詞を最終的に完成させたのは Joya Sherrill ジョヤ・シェリル (1924 - 2010)」 とする見解があります。(例えば、2012年2月17日付Wikipedia英語版)
この点を検討してみましょう。
ジョヤと本曲及びエリントンとの関わりについては諸説があります。

エリントンの伝記によれば、エリントンが彼女と出会ったのは1941年、デトロイトのパラダイス劇場の楽屋で、彼女はまだ17歳の学生でした。
以下、エリントンが自伝に記した彼女自身の回想。
私は「A列車で行こう」の歌詞を書いたので、それをあなた(注:エリントン)の為に歌うためにパラダイスに出掛けていったのよ。(略)ただただ私の詞が気に入ってくれればいいとそればっかり思ってたわ。
デュークがビリー・ストレイホーンをピアノの所に呼んだのよ。ビリーがピアノを弾き、私が歌って、あなたはそれを聴いていたわ。歌い終わると、他の曲も歌ってくれと言うから、3曲歌ったわ。

(エリントン、前出)
エリントンは彼女の素晴らしい歌い方と明瞭な発音・発声を高く評価し、1942年の彼女の卒業を待って楽団に正式に加入させます。

残念ながら、ジョヤが歌う「A列車」のエリントン・オーケストラ演奏の録音は私の知る限り存在しません。
彼女のソロ作品でも、やはり「A列車」は確認出来ません。

PS *********************************
と、最初は書いていたのですが、ある動画が見つかりました。


You Tubeの投稿者によれば、43年のエリントン・オーケストラとジョヤの動画だ、と。
そう言われれば、ジョヤの様でも…
しかし、一方でBetty Rocge ベティ・ローシェ説もあり、私も「この声はベティだろう」と思っています。
ここでの歌詞は上記の代表的なもの。

私は、当初、ブログに大要、こう書いています。

ジョヤが「歌詞」を書いたと言う「事実」自体は疑う余地はありませんが、現在の一般に歌われている歌詞が「彼女の歌詞」と同一かは、疑問です。
少なくとも、今歌われている「シュガーヒル云々」の件の歌詞を情報伝達手段が乏しい当時の女学生が書けたとは考え難いのです。

さて、この動画の前では、上記自説への自信も挫けそうになりますが、冷静に考えれば、この動画で歌っているのが仮にジョヤとしても、彼女が作った歌詞が今歌われてる代表的な歌詞と同一であると必ずしも立証された訳ではないと思い至り、自説に引続き拘るともりです。

***********************************

ジョヤは、その後、エリントン・オーケストラで"I'm Beginning to See the Light"を唄ってヒットさせました。
一旦バンドを離れますが、エリントンとの交流はその後も続き、何度か再加入しています。
また、1962年にはBenny Goodman の楽団に加わって当時のソ連ツアーも経験します。
70年代、黒人で最初にTVの子供番組(Time for Joya/Joya's Fun School)を持ったのも彼女でした。
ジョヤは85歳に白血病で亡くなります。


【 カヴァー 】
エリントン・オーケストラのそれぞれの時代毎に特徴あるセルフ・カバーも存在しますが、それは別の機会に譲り、ここでは第三者のカヴァーの中から私好みを。

c0163399_10364294.jpgThe Delta Rhythm Boys デルタ・リズム・ボーイズは1934年にオクラホマのLangston大学で結成された聖歌隊が元になり、洗練されたハーモニーでゴスペルからジャズ、ポップスまでカバーし人気を博します。 
黒人は黒タキシード着用と言う当時の不文律を破ってカラフルなステージ衣装を着たと言う、そのサウンドとは真逆に結構気骨のあるグループでもありました。
1941年には代表作"Dry Bones"と本曲を採り上げ、ヒットさせました。
ここでの歌詞は長く詳細なものです。作者の表示はストレイホーンだけで、一説にはこれがストレイホーンの当初の歌詞だったとも言われています。
Masters of Hip Harmony (Collector's Choice 2004年)

下記"You Tube"の動画の詳細データは不明ですが、かなり初期のTV出演時のパフォーマンスと思われ、結果としてPVの先駆けになってます。とにかくご機嫌なサウンドです。楽しんで下さい。


c0163399_1702829.jpg50年代を代表する Clifford Brown とMax Roach 双頭コンボが残した名盤。
ブラウニーの突然の早過ぎる死で活動に終止符が打たれたのが本当に残念です。
地下鉄ではなく明らかに蒸気機関車の発進する様を模したサウンドは、この曲に決定的なイメージを与えました。ブラウンの歌心溢れるブリリアントなソロが聴けます。
Study in Brown (EmArcy/Polygram 1955年)


c0163399_22334592.jpgJoe Henderson ジョー・ヘンダーソンを過小評価していたと反省した1枚。
ソロ、デュオ、トリオ、クァルテットと様々なフォーマットでストレイホーンの世界を切り取ります。このアイデアも良い。同曲はドラムスとのデュオ。ハイハットとスネア主体にひたすら鼓舞し続けるドラムスに乗せてヘンダーソンが紡ぎだすメロディの表現力を多様さ!
Lush Life (Verve/Universal 1991年)


c0163399_1737864.jpg続いてヴォーカル。通常、エリントンとの親和性ではエラを挙げるところでしょうが、ここでは敢えて Sarah Vaughan サラ・ヴォーンを。
サラの黄金期、マーキュリー時代の最後のアルバム"Sassy Swing Again"(Mercury/Polygram1967年)。時代を感じさせるジャケットですが、中身は極上のジャズです。この後サラは沈黙期に入ります。
J.J.ジョンソンの品の良いアレンジで、サラもあまり捏ね繰り回しておらず、私の好きな歌唱の一つです。
ここでの歌詞は現在歌われている最もオーソドックスなものです。
オリジナル盤は入手困難なので、編集盤で、どうぞ。
ラヴァーズ・コンチェルト~サラ・ヴォーン・ベスト (ユニバーサル 2005年)

まだまだご紹介したいヴァージョンがありますが、ブログのキャパも残り少なくなってきましたので、別の機会に。
最期は、美空ひばりの歌で。
c0163399_017917.jpg日本語歌詞(奥山靉)の後、英語歌詞(内容は少し異なる)を歌い、スキャットも聞かせます。英語の発音も結構様になっているのは流石。
お手本は前記ベティ・ローシェを擁した"Hi Fi Ellington Uptown"(52年 Columbia)です。
1955年1月5日録音、4月15日に"薔薇色の人生"をB面にシングル・リリース。
CDシングル盤も出ていました。
A列車で行こう (コロムビア 2005年)



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by Eiji-Yokota | 2012-05-05 00:42 | SONG | Comments(0)
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