Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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Quiet Nights Of Quiet Stars / Corcovado  「静かな夜」

- 1960年 Antonio Carlos Jobim + 62年 Gene Lees -
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冒頭画像はリオ・デジャネイロ市街を見下ろす標高710mの岩山に聳え立つキリスト像(Cristo Redentor/Christ the Redeemer)。
1931年、ブラジル独立100周年を記念して建てられた高さ30m(+台座8m)のその像は平和を象徴し、両手を大きく広げています。その幅28m。
この岩山こそがCorcovado コルコヴァードです。
因みに、Corcovadoとは、ポルトガル語で、隆起とか湾曲あるいは「せむし」と言う意味です。

生粋のカリオカ(リオっ子)である、トム・ジョビンは当時ナシメント・シルヴァ街107番地のエレヴェータのない、寝室と居間が2つづつあるアパートに住んでいました。
"Chega de Saudade"「想いあふれて」の成功で多少金回りが良くなった彼は大家に勧められてローンでそこを買うことにしました。
そこから見えるコルコヴァードの丘は彼のお気に入りでした。
「トムはキリスト像が夕暮れ時のライトアップされ、広げた両腕が、まるでリオの町全部を祝福してみえる景色をピアノの椅子から眺めるのを楽しみにしていた」
と妹のエレーナが書いています。

やがて、こんな歌詞が生まれました。
「 もの思いに耽り、夢を見るひととき。
 窓の向こうにはコルコヴァードの丘と救世主の像が見えるね。
 なんと美しい!」
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(冒頭写真はリオデジャネイロ市公式サイトより。キリストの後ろ姿とリオの街が俯瞰できるアングルは珍しい。撮影:Perdro Kirilos 
上記写真はライトアップされたキリスト像とコルコヴァードの丘を見上げたもの。
撮影:Bryan Parsley 同氏のHPより)





【 オリジナル・レコーディング風景 】
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この曲の初録音はJoao Gilberto ジョアン・ジルベルトのセカンド・アルバム"O Amor, o Sorriso e a Flor "「愛と微笑みと花」(1960年 Odeon)セッションです。
デビュー・アルバム"Chega de Saudade"「想いあふれて」(1959年 Odeon)の成功で、これに続くアルバムを皆が期待していました。

なお、二人についての略歴・代表作等に関しては下記に記載してありますので、クリックください。

アントニオ・ジョビン  Antonio Carlos Brasilero de Almeida Jobim
(WHO'S WHO 参照)

ジョアン・ジョルベルト Joao Gilberto Prado Pereira de Oliveira
(WHO'S WHO 参照)


その頃、生まれついての、そして音楽界では最も早い時期にエコロジストとして活動するトムは、リオ近郊にある渓谷ポッソ・フンドで週末を過ごすことが多くなっていました。
トムはここにジョアンを呼んでアルバムを制作することを思いつきます。
ジョアンは車に乗って一人やってきました。途中、巨大な蛇を追いかけるうちに泥にはまって身動きとれなくなり、トラクターに牽引してもらいながら。
以後1週間二人はスタジオに改造された一室に籠ってアルバムを制作しました。
唯一の例外は、ジョアンが可愛がっていた猫のガットがアパートの手すりで居眠りして何階も下の地面へ落下したとの知らせを受けて、慌ててタクシーを呼んで飛んで戻ったことでしょうか。
ガットはジョアンと新妻のアストラッドが病院に連れて行く途中に死んでしまいました。
60年3月30日 ガットの死の痛手から立ち直ったジョアンは録音を再開します。
「1本の煙草に、1本のヴィオラォン(ギター)、この愛、そして歌」
と言うフレーズで始まる、トムの作詞作曲による、その歌に取り掛かったジョアンでしたが、何度やっても、どうしてもうまく歌えません。
しばらく考えていたジョアンはふと思いつきます。
かつてマリファナに溺れた彼は当時きっぱりと煙草類をやめていました。
一方、トムはヘヴィー・スモーカーでした。
歌い手は作者に、こう申し入れました。
「ねえ、トム。
この『1本の煙草に(ウン・シガーホ)、1本のヴィオラォン(イ・ウン・ヴィオラォン)』と言うフレーズだけど、これはよくないと思うんだ。煙草は良くないよ。
『部屋の片隅(ウン・カンチーニョ)、1本のヴィオラォン』に変えてはどうだろう」
トムは頷くしかありませんでした。

こうして、出来上がったこの曲は、ボサノバの代表作となりました。
オリジナル演奏は僅か2分弱でした。

このアルバムには他にもニュウトン・メンドンサとの共作によるボサノバのスタンダードとも言うべき"One Note Samba (Samba de uma nota so)" "Meditation (Meditacao)"等が含まれていました。
「全ては平和に小鳥のさえずりのもとで作られた」
ジョビンがこうコメントした、そのアルバムのタイトルは、ボサノバの象徴となりました。

因みに米国では"Brazil's Brilliant" (Capitol T-10280)として61年暮れ(62年初頭説もあり)にリリースされました。

残念ながら、この一連の歴史的音源、まさにボサノバの真髄とも言うべき音源を今日入手することは、たいへん困難です。
ジョアンの承諾を得ないままEMIがリリースした初期3枚のアルバムのCD編集盤を巡り、両者が対立。当該CDは廃盤になったままです。
なんとか、ジョアンの意向に沿った形でリリースできないものでしょうか。人類の遺産とも言うべき、これらの貴重かつ重要な演奏に多くの人が気軽に接することが出来ないなんて、残念で口惜しい限りです。

PS (ご注意)
最近、このオリジナル盤(12曲)にシルヴィア・テレスやセルジオ・メンデスのカヴァーを追加した全35曲収録のCDがEl Records なる会社からリリースされているのが判明しました。
果たして、ジョアンは認めているのでしょうか?
「紛いものには手を出さない」と言う人にはお勧めしません。
「何でも良いから、ジョアンの音源は入手できる内に」と思っている方だけ、どうぞ
O Amor O Sorriso E a Flor (2010年 El)

【 英語歌詞 】
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61年12月のある日、トムの自宅に一人のカナダ人から電話が掛かってきます。
当時の米国国務省はその戦略の一環としてジャズ・アーティストを音楽親善大使として世界各国就中南米に派遣していました。
Paul Winter (1939 - sax)の七重奏団の南米ツアーもその一環でした。
そこに同行していたのがGene Lees(1928 - 2010)でした。
彼はフリーのジャズ・ジャーナリストでしたが、ジョアンのレコードを聴いてボサノバに夢中になり、ジョアンやトムに会いたい一心でツアーに参加したのでした。
トムの電話番号を入手した彼は早速行動を開始。リハーサル中のトムを訪れ、意気投合した二人は直ぐに一緒に酒を飲み交わす仲になります。
リースは当時プロの作詞家ではありませんでしたが、トムに英語の歌詞をつけるべきだ、と主張し、実際にやってみせました。
その最初の作品が、"Quiet Nights of Quiet Stars"つまり"Corcovado"だったのです
「私は、(リオの北部にある)Belo Horizonte (ベロ・オリゾンテ)へのバスの中で、"Quiet Nights of Quiet Stars"を書き上げて、リオのトムに返信したんだ。私のプロの作詞家としての最初の作品だよ」
「彼は直ぐに私の英語歌詞をNYの出版社へ送りつけていたよ」
とリースはインタヴューで明かしています。
リースが手掛けたトムの作品として有名なものでは他に"Song of Jet" (Samba do Avião 「ジェット機のサンバ 」62年)があります。
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後にジーン・リースは作詞家(代表作に Bill Evans の有名な"Waltz for Debby"等)としての活動にとどまらず、ジョニー・マーサーやオスカー・ピーターソンの伝記を上梓、小説まで発表する等音楽ジャ-ナリストとして大成します。
右は彼が自らの代表作を主体に歌ったアルバム"Sings Gene Lees"(Unity 98年)

さて、その歌詞の内容を見てみましょう。
・ポルトガル語歌詞 → Corcovado
(自動翻訳機能がついています。日本語には対応していませんが、英語翻訳でも十分理解可能でしょう)
・英語歌詞 → Quiet Nights of Quiet Stars

オリジナルでは、愛する人を得て、静かに流れて行く時間、なにげない日常風景の中にも幸せを感じる瞬間が歌われています。
英語歌詞では、タイトルでもあるコルコバードとキリスト像は出てこず、一般的な"mountains"に置き換わっていますが、当時の平均的米国人にコルコヴァードやキリスト像の存在がどこまで知られていたか甚だ疑問ですし、あくまで愛する人との静かな時間自体に歌の意味があると思われますので、これはこれで一つの選択として適切と思われます。
(英語歌詞で唄うアストラッド・ジルベルトを始め、この部分だけはmountains ではなく Corcovadoと歌っているケースもあります)
いずれにせよ、下手な逐語訳より原曲の持つ雰囲気や趣旨を英語歌詞で再現していると評価して良いのではないでしょうか。

既に一部はこのブログでもお話しましたが、たとえば、"Chega de Saudade"の英語版が"No More Blues"になったように、トムは必ずしも、米国人による英語歌詞については心良く思っていませんでした。
特に"One Note Samba"には不満を持っていたようです。

その後、トムは仕事仲間のプロデューサー、アロイージオ・ヂ・オリヴェイラの紹介でレイ・ギルバートと組んで英語歌詞を彼に書かせる一方、自分も積極的に関与します。
"The Girl from Ipanema"等がそれです。
しかし、それでも飽き足らなくなった彼は英語を猛勉強し、終に自分で作詞した作品は英語歌詞まで自分でつくるようになります。
"Wave"や"Aguas de marco「三月の水(雨)」"がそれです。
因みに、トムは自身の著作権料を全世界で徴収する会社をNYで64年に設立します。
その名はコルコヴァード・ミュージックでした。

これらの多くの英語歌詞の中でも、自作を除けば、私個人としては、やはりリースが一番センスが良く原詩に忠実だと思います。
トムも彼の歌詞は気に入っていたようです。

例えば、62年11月21日 カーネギー・ホールで行われた歴史的なボサノバ・コンサート。
ジョアン・ジルベルトをはじめ、セルジオ・メンデス、ルイス・ボンファ、ロベルト・メネスカル、カルリーニョス・リラ等ボサの代表的スターが大挙して渡米、ビッグ・アップルをその魅力で席巻しました。
飛行機が大の苦手で、また、NYの大ステージに立つ不安から、トムは最後まで出演に躊躇していましたが、公演の後援者でもあるイタマラチー(外務省)や友人達に説得され、開幕直前にNY入りします。
米国では既に59年の映画「黒いオルフェ」のヒット、南米ツアー帰りのアーティスト達によって徐々にボサノヴァは紹介されていました。
決定打は、この年のスタン・ゲッツとチャーリー・バードによる"Jazz Samba"のヒットです。ボサ受け入れの為の予習は十分だったのです。
ルイ・カストロによれば、コンサートでトムは"Corcovado"をポルトガル語と英語で歌ったとあります。
なお、この曲を演奏する時、トムはあがっていてコードを間違えたのですが、「大いなる威厳をもって最初から弾きはじめた」そうです。
また、この日、ジョアンのステージでもピアノで同曲のバッキングを務めています。
コンサートは好評(一部ブラジルのマスコミは不評だったと報道)で、これを機に彼らは米国で活動を開始します。
音楽活動だけでなく、先に記したように、不当な著作権の扱いと英語歌詞に対する戦いをも開始しするのです。

【 カヴァー 】
"Getz/Gilberto" (Verve 64年)
c0163399_018447.jpgこの曲を世界的に有名にしたのは誰が何と言おうと64年にリリースされたこのアルバムにとどめをさします。
スタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルト、トム・ジョビンそしてアストラッド・ジルベルト!
チアォン・ネット(b)とミルトン・バナナ(ds)も、ボサの歴史で欠かせない人物です。
プロデューサーはクリード・テイラー、エンジニアは若き日のフィル・ラモーン。
そして、このアルバムのライナーノーツを担当したのは先のジーン・リースでした。
1節目はアストラッドが英語で2節目はジョアンがポルトガル語で歌っています。
そしてゲッツ(ts)とジョビン(p)のソロが続き、再びジョアンの歌(ポルトガル語)で終わります。
63年3月に行われた、このアルバムの録音の事情や位置づけ、リリースに纏わるエピソード等の詳細は"The Girl from Ipanema"の頁を参照ください。

ほぼ同時期にトムは一人、この曲を含む、自作のインストゥルメンタル集"The Composer Of Disafinado, Plays"「イパネマの娘」(Verve 63年)を吹き込んでいます。

以下、トムが関与した同曲収録のアルバムを3枚紹介しましょう。

Sinatra / Jobim: the Complete (Universal 2010)
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まずは、このブログでも再三言及している67年1月のシナトラとのセッション。(編曲はクラウス・オーガマン)
ここではオリジナル盤ではなく、2年後のデオダードが編曲したセッション、その未発表曲を含めた二人のセッションの全貌が、今年、40年の歳月を経て明らかされた画期的なコンプリート版をご紹介。
当然シナトラはここで英語で歌っています。
(トムはギターに専念)

英語歌詞を書いたジーン・リースが録音に立ち会っており、先のインタヴューで、この時のエピソードを披露しています。
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「私は当時禁煙していたんだが、シナトラがレコーディングしているのを見ていると、すごく興奮してきて、また吸い出してしまったよ。ミスター・シナトラはセッションの間中ずっと煙草を吸っていた。彼が煙草を吸っているのが聞き取れるよ。"by quiet streams"と"my love"のところで、ほんの少し間が空いているんだ。」
因みに、オリジナル盤 ("Francis Albert Sinatra & Antonio Carlos Jobim" (Reprise 67年))のジャケットでも、たしかに喫煙してますね。

"Elis & Tom" (Philips /Polygram 74年)
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続いてはお馴染みの74年2~3月LA トムとElis Regina エリース・レジーナ(1945 - 1982 )のセッション。
トム・ジョビンの WHO'S WHO Part2 でも採り上げてますので、併せてご覧ください。
レジーナと言えば、元気娘の印象が強く、ボサとは対極的な存在と見られていましたが、この曲では「しおらしく」歌っています。言葉が適当でなければ「感情を込めて実に細やかに丁寧に」とでも言い直しましょうか…
やはり第一級の歌手ですね。
トムが最後の部分で少しメロディを変えてデュエットしています。勿論、二人ともポルトガル語で。

最後は"Salena Sings Jobim with Jobim’s「ボサノバ・ナイト」" (JVC /ビクター 94年)
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トムの最晩年に作成されたSalena Jones サリーナ・ジョーンズ(1944 -)のアルバム。
息子のパウロが全面的にバックアップし、パウロの子(つまりトムの孫)ダニエルも参加、ジョビン一家総動員のアルバムですが、結構ジョビン側とサリーナ側との間でやりとりがあったようです。最終的にあくまで上記レジーナのアルバムがそうであったように、これはサリーナのアルバムです。
トムは2曲でデュエットしていますが、この曲ではお休み。
サリーナは英語で歌っています。
サリーナは近年は米国を離れ、主にロンドンを拠点として活動していますが、特に日本では高い人気を誇っています。
「楷書のような」とでも表現しましょうか。リズミックだが、全く破綻しない教科書のような正統な歌いっぷりに、いつもうならされます。しかも、ジャズの枠に留まらない活躍をしています。
芸名は憧れの先輩二人、サラ・ヴォーンとリナ・ホーンの名前から取ったのは有名な話。

さて、それ以外のカヴァーですが、これは難しい。
ボサではナラ・レオンやアスラッドのソロ録音始め数多くの作品があり、ジャズ界でも、いにしえのサラ・ヴォーンから最近のダイアナ・クラールまで文字通り大物が殆ど録音している曲ですから。

その中から敢えて1枚を選びましょう。
Miles Davis Quiet Nights (Columbia 63年)
c0163399_12172517.jpg実はマイルスのコアなファンからは必ずしも好意的評価は受けていないアルバムです。
曰く、ボサノヴァ・ブームに安易に便乗し商業主義に堕した。
マイルスの了解なくプロデューサーのテオ・マセロが勝手に見切り発売した。
マイルス自身が気に入っていない云々。
色々言われていますが、そもそも、マイルスが過去の自分の作品で満足しているものは"My Funny Valentine"等ごく限られていますので、第三者が本気にして過剰反応することはありません。
ボサノヴァ・ブームとの絡みで一言付言するなら、まず、マイルスは早い段階からジョアン・ジルベルトのファンであることを広言していますし、例のカーネギーホールのボサノヴァ・コンサートの客席にもいました。
そして、私自身最近まで気付かなかったのですが、キャノンボール・アダレーがセルジオ・メンデスと組んで、同曲を録音・発表した有名なアルバム"Cannonball's Bossa Nova" (Riverside 63年)があります。
発売が早かったので、てっきり、そちらの録音が先と言う先入感を持っていたのですが、今回改めて録音日を調べると、実はマイルスの方が早かったのです。
マイルス:62年7月27日、キャノンボール:12月10日
なんと、マイルスは先の62年11月のカーネギーホールでのボサノヴァ・コンサート時点では既に録音を終えていたのです。おそらくマイルスはこの年の始めまたは前年末に米国リリースされたジョアンの先のアルバムをいち早く聴き、その良さを認めて録音したのではないでしょうか。
私が把握している限りでは、これが同曲の米国における米国人による最も早い演奏です。
良いと思ったら、なんでも貪欲に吸収するマイルスらしい、早業です。
こうみてくると、「ブーム便乗」は的外れではないかと言う気がします。
何と言っても、あのマイルスとギルのコラボレーションです。まわりの評価に惑わされることなく、まずは虚心に音楽そのものを聴くことをお勧めします。
さて、その演奏内容ですが…
冒頭からマイルスは、この曲の持つ美しさを見事に引き出します。
優美に1コーラスを輝かしく歌い上げ、さて、徐々にメロディを崩して…
あれ、もうFO(フイド・アウト)!
「え!ここで終わるの?これから良いとこなのに。最後まで聞きたい、もっと聞きたい」とファンとしては消化不良気味になりそうです。
しかし、案外、マイルスは「ボサは3分ミュージックなのだ。そんなことも知らないのか」とうそぶいているかも知れません。
(個人的にはテオ・マセロが例によってテープを勝手に切り刻んだ可能性を捨てきれないのですが…)

そう、ボサとジャズを巡る色々な議論がありますが、40年以上洋楽を聴き続けてきた私には両者を区分する明確な(独断と偏見の)基準が一つあります。
ボサは基本的に形式美を尊びコンパクトにまとまったもの。
ジャズはインプロヴァイゼションを大事にし、時に延々とそれを楽しみ、興が乗ってくると留まるところを知らなくなるもの。
実は両者は水と油なのです。

さて、堅苦しい議論はこれくらいにして、音楽を楽しみましょう。
たまに訪れる何も予定のない休日。
のんびりと、このアルバムをBGMにして、ひがな寛ぐ…
贅沢な時間。
音楽好きにだけ許される楽しみがそこにあります。
よろしければ、あなたも。


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by Eiji-yokota | 2010-10-15 21:44 | SONG | Comments(0)
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