Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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Layla   「いとしのレイラ」  part 1

- 1970年 Eric Clapton + Jim Gordon -
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Naomi's Choice へようこそ。

激情を叩きつけるかのような強烈なギターのリフ(短いメロディの繰り返し)によるイントロ、情熱的で力強いヴォーカルとギター、コーラスが続き、一転して、ピアノ・ソロに導かれた後半は延々と繰り返されるインストゥルメンタル・パート。穏やかで印象的なメロディに、むせび泣くようなギターが絡みエンディングへ…

今回は、番外編。
Rock/Pops ファンなら知らない方はいないと思われる名曲、エリック・クラプトンの"Layla"のお話です。

と、言っても、ビートルズのジョージ・ハリスンの当時の奥さんだったパティ・ボイドを巡る三角関係の話は多分、このブログの読者なら先刻「耳蛸」でしょうから、今日はチョット角度を変えて。

実は、最近、この曲に関係する本を2冊続けて読みました。
ニザーミー・ガンジャヴィー「ライラとマジュヌーン (東洋文庫 394)」(平凡社 81年)
パティ・ボイド「パティ・ボイド自伝 ワンダフル・トゥディ」(シンコーミュージック 08年)
前者から、この曲のタイトルが生まれました。
後者は、皆さんご存知のとおり、この曲を捧げられ、その後、ジョージと別れ、エリックに走った(結婚、のちに離婚)パティ、本人の自伝。
まさに、この曲の誕生の決定的要因となった二つの「存在」について書かれている本です。
それで、少し、この周辺の話を整理しておこうと…



*******

タイトル・ソングを収録したアルバム (冒頭画像) は、今でこそ、Rockの定番中の定番として人気の高いアルバムですが、発売当初はそれ程話題にもなりませんでした。
何よりサウンド的に見ても、エリックの全キャリアを通じて、特異な位置にあるアルバムでもあります。


【 エリック・クラプトンにおけるLaylaセッションの位置づけ 】

グループ名(Derek and the Dominos)を前面に出したアルバムとしては最後のもので、サウンド的にはDuane Allman デュアン・オールマンの参加により、極めてアグレッシヴで緊迫感ある英国的サウンドと円熟味さえ感じさせるレイドバックした米国的サウンドがミクスチャーされています。
一方で、タイトル・ソングのようなポップな路線、また一方でリラックスした余裕漂うジャム・セッション的雰囲気、しかし時にスリリングな瞬間が入り交り、他のアルバムでは聞けない濃密でワン・アンド・オンリーな音世界を築いています。
事実、エリックはこれ以前にもこれ以後にも、このようなサウンドのアルバムは作っていません。
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例えば、"Layla"録音直後の、70年10月のフィルモア・イーストでのライヴ(Live at the Fillmore(Polydor 94年))が後にリリースされています.
ジャズ・ロック的色彩が強いサウンド(ブラスは一切入っていません)で、インプロヴァイゼーションも素晴しく、個人的には好きなアルバムではあります。しかし"Layla"のライヴ盤を期待してはいけません。全く別の音世界が繰り広げられています。
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当時のエリックは、新たな道を模索していた時代でした。
68年12月、エリックの人気を不動のものとした3人組ユニットCream解散。
69年8月、続くスーパー・グループとして期待されたBlind Faithもアルバム1枚("Blind Faith"(Polydor))を残し、ツアーが終わると空中崩壊。
「これは完全に私の責任で、その原因はただ一つ、自分達がしていることへの幻滅が大きくなっていくに連れて、私が、サポートグループのDelaney and Bonnie にますます魅せられていったことだった」(エリック)
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Blind Faith の米国ツアーで前座を務めたDelaney and Bonnie のスワンプ・サウンド/サザン・ロックに引き寄せられたエリックは、69年12月に行われたデラニー&ボニー・アンド・フレンズの欧州ツアーに参加。大所帯のツアーには、途中から、ジョージ・ハリスンも参加しました。
更にエリックはフレンズの一員として米国に渡って行動を共にします。
"Delaney & Bonnie On Tour With Eric Clapton"(Warner Bros.)は当時の彼等のサウンドの熱気の一端を捉えています。
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また、Delaney Bramlett デラニー・ブラムレットはエリックにソロ・アーティストとして、そしてヴォーカリストとして自信を持つよう勧め、エリック初のソロ・アルバム(Eric Clapton(Polydor))をプロデュースします。

1970年春、デラニー&ボニー・アンド・フレンズは一旦解散し、ツアーを通じて意気投合したバンドのメンバー、Bobby Whitlock(p)、Carl Radle(b)、Jim Gordon(ds)と意気投合したエリックは、彼等の誘いを受けてバンドを結成します。
「ベースのカール・レイドル、ドラマーのジミー・ゴードンが、これまで一緒に演奏したリズムセクションの中で最もパワフルだろう。彼らには完全に脱帽だった」(エリック)
バンド名の由来には諸説がありますが、エリック自身は自伝で「(70年6月の最初のライヴの際、前座のアシュトン・ガードナー・アンド・ダイクの)トニー・アシュトンが、いつも私をデルと呼んでいたので、デル・アンド・ザ・ドミノスとすべきだと提案した。結局トニーが我々を紹介した時、本名は一切言わずにデレク・アンド・ザ・ドミノスとだけ言ったので、この名前がついてしまったのだ」(エリック)と書いています。
エリックは、以後、その名前で通します。
自分の名前抜きでどこまでやれるのか確かめたかったこともあったのでしょう。
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この初期のドミノスは、ジョージ・ハリスンの最高傑作と世評の高いアルバム"All Things Must Pass"(Apple 1970年)にバックバンドとして参加しており、特にApple Jamと呼ばれる一連のセッションでその片鱗を窺うことが出来ます。
70年8月、デレク&ザ・ドミノスとしてのツアーを終え、バンドはマイアミでレコーディングに入ります。
「これは信じられないほど創造的な時期だった。パティへの執着に煽られて、たくさんの曲を書いていた。ドミノスの最初のアルバムのために書いた曲はすべて彼女のことか、私達の関係についての曲だった。」
「"Layla"が鍵になる曲で、私と一緒に暮らすことを躊躇していたパティに、意識的に語りかけようとした曲だ」
「出発する前に、パティがランドラバーズという、私達がよく穿いていたジーンズを何着かペアで買ってくるように頼まれていた」「彼女のために"Bell Bottom Blues"を書き上げた」(エリック)
アルバムの冒頭の"I Looked Away"もパティのことを歌ったものと明記しています。

プロデューサーは、数々の名盤を世に送り出し、エリックともCream時代から馴染みのあるTom Dowd トム・ダウド (1925 - 2002)。
ダウドは、親交のあるオールマン・ブラザーズが近くでライヴをやっており、エリックに会いたがっていたことを知っていて、彼等のライヴを見に行くことをエリックに提案。
エリックは、「あの(Wilson Pickettの)"Hey Jude"のエンディングで演奏している奴のことかい」と関心を示します。
ライヴを見て、デュアン・オールマンのギター・プレイに魅了されたエリックが彼にセッションに参加を依頼したことで共演が実現。
ここに奇跡のアルバムが完成します。
「ギタリストがもう一人いることでバンドは活気づいたが、デュアンがオールマン・ブラザーズとの演奏に戻ると、我々は再び同じ状態にはならなかった。ドミノスは英国に帰ってツアーを続けたが、アルバムが発売された時、バンドは死んでいた」(エリック)
70年12月 "Layla and Other Assorted Love Songs"(Polydor)リリース

【 エリックとドミノス、関係者のその後 】

内容の良さで売れることを願ったエリックの思いも虚しく、評論家の受けは良かったのですが、大衆が飛びつくこともなく、特に英国ではアルバムは当初チャート・インすら出来ませんでした。(米国では16位)
やむなく、「デレクはエリックだ」のバッジをマスコミに配ることと英米でのプロモーション活動にエリックは同意せざるを得なくなります。

シングル・カットされた"Layla"のチャート・アクションもぱっとしませんでしたが、コンプリート・ヴァージョンを72年リリースしたところ、ようやく大ヒットします。(US10位、UK7位)
この頃にはデレクがエリックであることも、パティへの横恋慕もファンの間では衆知のものとなっていました。
(本人もインタヴューで公言していましたからね)

71年 ドミノス解散。
「ドラッグはバンドにとって終りの始まりだった。(中略)麻痺状態になった我々の間には敵意が芽生えてきた。我々は新しいアルバムを作ろうとしたが、すぐに挫折した。限界を超えたのは、ジム・ゴードンと私が大喧嘩になり、かっとなった私がスタジオを飛び出した時だった。バンドは二度と一緒に演奏しなかった」(エリック)

エリックは報われないパティへの愛に苦しんでいました。
「このアルバムを聴けば、私の愛の叫びに負けて、ついにジョージを捨てて私とずっと一緒にいるようになるのだと確信していた」彼はパティをハートウッドの自宅でのお茶に誘いレコードを聴かせます。

♫ 寂しくなったら、どうするの?
  傍らで君を待つやつなんていやしない
  君は長いこと逃げ隠れしてきたね
  でも、知ってるだろう、それは君の馬鹿げたプライドに過ぎないんだ

  レイラ、僕は君にひざまずくよ
  レイラ、お願いだ、やさしくして
  レイラ、不安に慄く僕の胸を静めてくれ

"Layla"の歌詞原文 → Seek Lyrics

「彼女についての歌を何曲も書いたということに彼女は深く感動していたと思う。でも同時に、全体にみなぎる緊迫感に多分震え上がっていた筈だ」(エリック)
「私の頭に最初に浮かんだことは、『ああなんてこと!これじゃ誰のことを歌っているのかバレバレじゃない』だった。望んでいるかどうか自分でも分らない方向に、彼が私を追い込もうとしているような気がして不安だったのだ。だが、自分の存在がこのような情熱と創造力を導き出したのだという実感とともに、その曲は私の理性を打ち負かしたのだ」(パティ)
しかし、結局、パティはその場でエリックと行動を共にするには至りませんでした。
作戦は失敗、エリックは次に彼女と逢った際に、最後の賭けに出ます。
「ジョージを捨てなければヘロインを常用する」とパティに訴えたのです。
「彼女が悲しそうに私に向って微笑んだ時、ゲームは終わったと思った」(エリック)
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以後、エリックは、数年間、サリー州リプリーの自宅(ハートウッド・エッジ)に籠り、よく言えば、隠遁生活、あからさまに言えば、ヘロイン漬けの生活を送ることになります。
例外は、
71年8月のジョージが主催した"The Concert for Bangladesh"支援コンサートへの出演。
正直に言って、この時のクラプトンの演奏は生彩を欠いています。後年、これらの背景を知って納得しましたが、そんな状態にも拘わらず、そして色々あった、他ならぬ一方の当事者でもあるジョージの要請を受けたこと二人の友情を感じさせます。

73年1月 「レイボウ・コンサート」(Eric Clapton's Rainbow Concert(Polydor 95年))出演。
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ピート・タウンゼンドが当時エリックと同棲し、やはりヘロイン漬けになっていたアリス・オームズビー=ゴアの父親である先のハーレック卿と共に二人を立ち直らせるきっかけとして企画。
LPリリース時には酷評を受けた作品ですが、CD化により全貌が明らかになりました。今聞けば、即席バンドながら、実力者揃いの彼等の友人で固めた布陣で、エリックもソロでそれなりに健闘しています。
しかし、結局、エリックは再び隠遁生活に戻ってしまいます。
(パティに心奪われたエリックと5年に亘り同棲していた当時10代だったアリスはエリックと別れた後、95年に薬物過剰摂取で43歳の誕生日前日に死去します)

勿論、パティへの失恋はヘロイン漬けの一つのきっかけに過ぎず、以前からクラプトンはヘロインを常用していたことを自ら認めています。
彼の本格的復帰は、74年7月の"461 Ocean Boulevard"(Polydor)迄待たねばなりませんでした。


ボビー・ウィトロックは、70年代にソロ活動をしますが、やがて事実上引退。
1999年復帰後はマイペースで活動を続けています。
エリックも一緒にTV番組に出演する等サポート姿勢を見せています。

しかし、他のメンバーのその後は悲惨です。
カール・レイドルは隠遁中のエリックに自分の故郷のタルサのバンドのテープを送り、復帰を強く促した人物でもありました。70年代を通じて一貫してエリックをサポートします。
しかし、79年の"Backless"を最後に、新しいサウンドを求めるアルコール中毒のエリックと重症のヘロイン常習者で孤立主義的となったカールとは仲違いし、エリックはマネージャーにバンド全員を解雇させます。
カールはタルサに戻って音楽活動をしますが、80年5月30日に飲酒とドラッグ濫用による腎不全で死去。
「彼があのテープを送ってくれたおかげである時点で命拾いをしたのに、彼に背を向けてしまったことで罪悪感でいっぱいだった。(死の知らせを聞き)心の底ではその責任は私にあると思った」(エリック)

ジム・ゴードンは、ジョージを通じてビートルズのメンバーやフランク・ザッパとも共演。
83年6月ドラッグによる妄想から実母をハンマーで殴打、ナイフで刺殺し、第2級殺人罪で16年の禁固刑となり、刑期を終えた今も刑務所病院で暮らしていると言われています。

また、メンバーではありませんが、アルバムに大きく貢献したデュアン・オールマンは71年10月ドラッグを過剰に摂取してバイクを飛ばし、不帰の人となっています。


【 作者疑惑 】

従来、本頁の冒頭のクレジットにあるように、この曲の作者としては、前半部分をエリック、後半部分がジム・ゴードンとされていました。
ある日エリックがスタジオに戻ると、ゴードンがピアノであのメロディを弾いており、それを気に入ったエリックが後半部に採用したと言われています。
しかし、近時、ドラマーとしては超一流ですが、殆ど作曲することも、ピアノを弾くこともなかった彼が、この部分を作ったことに対しては疑義が提示されています。
有力な説として、デラニー&ボニー・アンド・フレンズの仲間だったRita Coolidge リタ・クーリッジ(ジム・ゴードンと付合っており、また、ドミノスへの参加打診もあったと言われています)作者説があり、彼女の作った"Time"(発表は73年。当時リタの姉プリシラの夫であったブッカーTが、この曲の「無断借用」の事実?を知り立腹。制作中だった夫婦デュオの3作目のアルバム「クロニクルズ」に敢えて収録した、とか)を聴くと、そのメロディは酷似しています。
リタ自身の主張は「レコード・コレクターズ」2004年12月号参照

【 関係作品 】

エリック自身、殆どのコンサートで、"Layla"を演奏しており、様々なヴァージョンが聴けますが、今回は次の2アイテムをご紹介。
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レイラ・セッションズ (Polydor 90年)
発売20周年を記念してリリースされた3枚組。
1枚目はリマスタリングされた"Layla"、2枚目がオールマンブラザーズとのジャム、3枚目が別テイク、未完成品等
現在廃盤ですが、ファンならば、上記リンクをクリックしてAmazon経由で中古盤を狙うのも一手です。

追記 (2011.5.8)
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本記事公開の丁度1年後、40周年記念盤がリリースされましたので、追加で紹介。
いとしのレイラ(40周年記念スーパー・デラックス・エディション)(DVD付)」は、SHM-CD4枚(内オリジナル盤1枚)+2LP+DVD の豪華ボックス版。
価格も良い「お値段」。マニア向け。
しかし、リマスターでより音はクリアーになっており、音量が上がったせいかカール・レイドルのベースが前に出てくる感じです。
純粋に新しい音とレア・ボーナス・トラックだけ楽しみたい方には2枚組SHMCDの「いとしのレイラ(デラックス・エディション)」がお勧めです。

Unplugged (WEA 92年)
言わずと知れた、エリック生涯の大ヒット・アルバム。
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アンプラグド・ブームが始まりかけた頃と言うタイミングも絶妙(以後、アンプラグド=アコースティックの一大ブームが起こる)、更に名曲"Tears in Heaven"が収録されていたこともあり、人気を呼びました。
個人的には、この"Layla"は渋すぎですが、新しいイメージとして大方の評判は上々でした。
グラミー賞6部門受賞と言う快挙を成し遂げたことでも有名。

part 2 ライラとマジュヌーン (ここをクリック)
part 3 パティ・ボイド (ここをクリック)

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注)本文中の括弧書きのエリックとパティの発言は下記の各自伝からの引用。
エリック・クラプトン 「エリック・クラプトン自伝」(イーストプレス 08年)
パティ・ボイド「パティ・ボイド自伝 ワンダフル・トゥディ」(シンコーミュージック 08年)

アフィリエイトのお知らせ
上記のアルバム等に関心のある方は、タイトル名をクリックすれば、リンクしている販売業者のサイトで詳細を確認できます。購入の判断等はご自身の責任でお願いします。
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by Eiji-Yokota | 2010-04-19 00:01 | 口上 | Comments(2)
Commented by カフェおやじ at 2010-04-23 11:31 x
Eijiさん、お久しぶりです。
当店も開店して早や10ヶ月となりました。
「静岡で珍しいコアな店」として、いろいろなお客さんが来てくれています。
また、最近はローカルのFM局からもお声がかかり、お店の紹介や旬のジャズの紹介などをやっています。
先日、FM局でカーメン・マクレェのAs Time Goes Byを流しました。これは珍しくヴァースから歌っているので紹介しました。
ところで、この曲について記事を書かれているようでしたら教えてください。

話はかわりますが、マイルスが1981年10月11日に福岡でコンサートをやったということをご存知でしょうか。
これがなかなか良い演奏です。ブートレグでしかCDが手に入りませんが、情報の一つとしてお知らせいたします。
Commented by Eiji-Yokota at 2010-04-23 22:15
カフェおやじさん、いつもありがとうございます。
お店の方も順調に地元に溶け込んでおられるようで、
何よりのことと、お喜び申し上げます。
カーメンの"As Time Goes By"は、かの新宿DUGでの
弾き語りライヴのやつですね、きっと!!
あれは良いですね。
カーメンも勿論、渋くて凄いですが、何といっても、これが日本で企画・録音された点が素晴らしい!
まさに、日本の誇りです(私は別に国粋主義者ではありません)
"As Time Goes By"は好きな曲です。
いつか、コメントしたいですね。
映画"Casablanca"で有名になりましたが、実は元々別のミュージカルの為に書かれたものです。
なんてね。

さて、では、折角ですから、これを読んでいる皆さんと共に、
カフェおやじさんのブログにネットサーフィンして、お花見しながら、
4月の曲を愛でて、早く暖かくなることを祈りましょう。
では、上のコメント、by「カフェおやじ」をクリックです!

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