Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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裏 Smile  Part 2    "SMiLE" ③

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連想ゲーム的感覚による"Smile"繋がりの「お遊びシリーズ」(脱線シリーズ?)の第2弾はビーチ・ボーイズの"SMiLE"-今回はその③(最終回)
 → その①
 → その②

最初に恐縮ながら、少し個人的な話を…

数年前の冬のある日、親しい知人から携帯に電話がかかってきました。
「**クン(私のことです)、ブライアン・ウィルソンが来るの知っとろう?」
「うん、来るらしいね」
「行かんと?」
「うぅん、迷ってる。今回はあの"SMiLE"やるって言うしね。正直言って、見たい気持ちと、あれは幻のままで終わらせて欲しかったような気持ちと半々だよ。歳とった昔の憧れのマドンナに逢うようなもんかもね。それに今からじゃ、もうチケット残ってないんじゃないの、だから今回はパスせざるを得ない、と思ってたんだけど」
(この時点で既にブライアンの"SMiLE"はリリースされており、私はそれを購入したにも拘わらず、開封せずにいたのです。前回書いた09年のS&Gのコンサートと同じような躊躇がありました)
「主人がいつも**クンにはお世話になっとうけん、もし、行きたかなら、チケット廻しちゃろうかと言うとうばい」
「本当?」
「実は主人ね…(以下、プライベートに関することであり、且つ特定個人にご迷惑かける懸念がありますので、割愛)…だから、今なら間に合うばい。そら、一番前の席とかベスト・ポジションは無理やけど」
「良かとね?ダンナに迷惑バかけるっちゃなか?」
「よかよか」
「ラッキー!日頃いい子にしてたので、神様がプレゼントしてくれたと言うことにして、お言葉に甘えちゃおうかな」



かくて、2005年1月31日、私は東京国際フォーラムにいたのです。
(勿論、きちんと正規料金を払ってですよ、念の為)
ここで全く音楽に関係ない現場の話を一つだけ。
(ジャズ、ロック他あらゆる音楽をあらゆる会場~野外フェスティヴァル、ストリート、大ホール、小ホール、ライヴ・スポット、茶店・バー・スナック、学校の講堂、デパート、スーパー、CD屋さんの店頭?とあらゆるシテュエイションで聴いてきましたが)トイレに並ぶ男性の列の長さが女性のそれを圧倒的に凌駕したのは後にも先にもこのコンサートだけでした。そして、その年齢層も中高年(つまり、私と同年代か少し上の団塊の世代)に極端に偏っていたことも強く印象に残っています。
(ハイ、すみません。音楽に戻ります)

                   ♫ ♪ ♫ ♪ ♫
感動的なコンサートでした。
照明が暗転し、"Surfer Girl"が始まった瞬間は興奮しました。
まるで30数年前にタイムスリップしたみたいに。
ビーチ・ボーイズ時代の歌、ソロ時代の歌をとりまぜながら、ステージは進行していきます。
特に"Don't Worry Baby"は涙ものでした。
そして第2部が、"SMiLE"でした。
結論から言えば、忘れていた昔の宿題の答えが突然浮かんだような感じ。
初めて聴く曲も多かったのですが、何故か懐かしいような…
今まで断片で聴いてきた楽曲が一つに(実際は3つのパートに分れているのですが)纏まると言うか、ジグソー・パズルの各ピースが収まるべきところに収まった安堵感と言うか…
敬虔な祈りとも言うべき"Our Prayer"から、その至福の40数分間は始まりました。
特に、"Mrs. O'Leary's Cow"--あの"Fire"です--において、ストリングスや各メンバーが消防士のコスチュームを纏ったのを見た瞬間、例の写真を思い出しました。(その①参照)
そうです、「遂にクスリでイカレたか!」としか思えなかった、66年11月のセッション中のあの消防士の帽子を被ったブライアンの写真です。
彼はこれがやりたかったんですね。
なにせ、Vegetables(Vega-Tables)録音時には本当に野菜をスタジオに持ち込んだ人ですからね。(その①参照)
そう言えば、ビートルズも"A Day in the Life"のオーケストラ録音の時はスタジオをパーティ会場にして、オーケストラのメンバーにも仮装させて盛り上がっていました。あの「ノリ」だったのですね。

"SMiLE"とは壮大なアメリカン・ノスタルジア、音楽で綴る一大叙事詩でした。
「英雄と悪漢」は西部に材を求めています。
「父と子」のテーマもあります。最終章のテーマは「再生」。
ユーモアの精神も全編に横溢しており、タイトルの意味もようやく得心がいきました。
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そして"SMiLE"の最後を飾るは"Good Vibrations"
当初はキャピトル・レコードの圧力による選曲・挿入と思われていましたし、彼自身もそう書いていました。
しかし30数年の時を経て、結局ブライアンは自分なりに納得して、この曲を彼の畢生の組曲のクロージングにすることにしたのですね。
そして、その曲調・歌詞は、あのアーリー・テイクを思わせるものでした。
例えば、コーラス部には"Um de dum" と言うあの掛声もしっかり入っています。
同曲の作者のクレジットが、従来の「ブライアン+マイク・ラヴ」に、トニー・アッシャーが加えられていることでも、それは頷けます。
名作"Pet Sounds"に貢献していたにも拘わらず、"SMiLE"プロジェクトから外されたトニーはショックだったでしょうが、ブライアンは30数年ぶりにきちんと彼に対しても誠意と敬意を示したのでしょう。
この曲に関してはアルバム・リリース時に、更に別テイクがシングル・カットされています。
"Good Vibrations"(Warner/Nonesuch)

そして、怒涛のアンコール。
なんとブライアンはベースを手にしたではありませんか!
ビーチボーイズの賑やかな曲5連続!まさに"Fun Fun Fun"
2度目のアンコール、"Love And Mercy"でコンサートの幕は閉じました。
勿論、ブライアンはしっかりと「微笑んで」いました。

                   ♫ ♪ ♫ ♪ ♫

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少し、時計の針を戻します。
ブライアン・ウィルソンが、あの"SMiLE"に再び挑戦していると言う情報が駆け巡った時、ビーチボーイズ・ファンだけでなく、洋楽ファンは一様に驚きました。

その②で記したとおり、88年にブライアン・ウィルソンは長い「沈黙」を破り、ソロとして活動を再開しました。
最初は手さぐりに見えたその活動は次第に音楽的にも豊かさを見せ、60年代とはまた違った成熟した側面を見せてくれました。そして作品が発表される度に、ブライアンが着実にかつての「勘」を取り戻しつつあることが、窺えました。
復帰第1作"BRIAN WILSON"(Warner/Sire)の冒頭の"Love and Mercy"1曲で、全盛期にも通じる、人々の琴線に触れる曲が書ける比類ないメロディメーカーとしての彼の才能がまだ健在であることは確信出来ていました。
一方、当時の画像や動画を見ると、どこか自信なげな感じや虚ろな視線、不自然な動きが目につきました。(今にして思えば、多分、指揮をしていたつもりだったのですね…)
ドラッグの後遺症やその他メンタルな面で当時は「完全復調」とまでは言えないことは明らかでした。
しかし、驚くことに、ブライアンはその後、若い頃あれほど嫌がっていたツアーにも積極的に取り組みます。
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1999年にはソロとして初来日を果たします。
ブライアンの完全復活に大きく貢献したのは、彼を「神」とも崇め、尊敬するワンダーミンツのダリアン・サハナジャや若きプロフェッショナルな仲間達の存在です。
これにより、ブライアンは自己の音楽の最適な表現手段を得たのです。
2002年 名作"Pet Sounds"をライブで再現するツアーを敢行。同年再来日。
Pet Sounds Live(Universal)
また、6月3日のエリザベス女王在位50周年コンサートには米国代表として出演、ポール・マッカートニーやエリック・クラプトンと同じステージに立ちました。
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Party at the Palace: The Queen's Jubilee Concert(Virgin)

しかし、最高傑作である"Pet Sounds"をやってしまった後は…
「まさか」と、おそらくファンの誰しもが、大きな期待と一抹の懸念を抱いた筈です。
果たせるかな、ブライアンはヴァン・ダイク・パークスに「もう一度やろう」と声をかけ、スタジオに入ります。
最初の頃は必ずしも順調とは言えなかったようです。
関係者は皆一様に37年前の「悪夢」を思い浮かべたことでしょう。
二人は昔の記憶を辿り合い、時には全く別のアプローチを行って、かつての作品を再び現在の自分達の手元に取り戻そうとしました…

やがて、「まさか」が、いよいよ実現すると知った時のファンの興奮は容易に想像できます。
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2004年2月20日 ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
ポール・マッカートニー、ジョージ・マーティン、エルヴィス・コステロを始めとする業界関係者は勿論、セレブ達が見守る中、ブライアンは"SMiLE"の初演を行いました。
その貴重且つ感動的なドキュメンタリーが「スマイル DVD」(ワーナー)に収録されています。
コンサート直前のブライアンの異常なまでの緊張がヴィデオを見ている我々にも伝わてきます。

最早、"SMiLE"が世紀の傑作か、"Sgt.Pepper"を凌ぐものかどうかなど、どうでも良いことなのです。

それは、ブライアンにとって、どうしても越えねばならないハードルでした。
永年に亘り、彼を苦しめ続けてきた"SMiLE"のトラウマを克服する為に。
その先に進むために。
ある意味では、そうでなければ、カムバックした意味すら半減したことでしょう。
そして、ブライアンはついにそれをやり遂げたのです。
一度は放棄したプロジェクトを、37年の歳月を経た後に。

                   ♫ ♪ ♫ ♪ ♫

思えば、ビーチ・ボーイズは良い意味でも悪い意味でも、当時の米国、特にサブ・カルチャーの縮図・象徴のようなバンドでした。
まさに、Spirit of America

典型的な中産階級に生まれた音楽好きのブライアンは2人の弟と従兄弟、そしてクラスメイトに声をかけ、バンドを結成、見事に成功します。
青い海、サーフィンと砂浜、太陽とクルマ、そしてヴィキニの女の子…
永遠に続くかと思われた夏に不吉な影を落としたのがヴェトナム戦争。
末の弟、カールは徴兵忌避で訴追され、いつもブライアンの味方だったすぐ下の弟、デニスはチャールズ・マンソンにいれあげ、マイク・ラヴはマハリシに走る…
ブライアンは永年に亘る父との葛藤とDV(これは世界共通の問題ですが)に悩まされ、成功してからも、レコード会社からの圧力、ビートルズ、フィル・スペクターと言う史上最強のライバルへの対抗心とその裏腹にあるプレッシャーと戦わねばなりませんでした。
ドラッグはブライアンの天才を花開かせる触媒の役割は果たしたようですが、先にあげたプレッシャーもあり、その度を越した服用は彼に深刻な後遺症を引き起こし、過食やメンタル面での異常を来します。家族もプライドも音楽的イマジネイションもインスピレイションも金も失った彼は精神科医に救いを求めます。
一方でビジネス(カネ)と音楽(芸術)、永遠のテーマがメンバーを取り巻きます。
ブライアンの父を含むメンバー・関係者間の確執・対立・裏切り・誹謗中傷、訴訟合戦が繰り広げられます。(これも、バンドでよく起こる問題ですが)

しかし、一時は廃人同様とまで言われ、最も長生きしそうにないと思われたブライアンを残してデニスもカールもこの世を去ります。
そして一人残されたウィルソン三兄弟の長男はみごとに復活を遂げるのです。
これが奇跡でなくて何でしょう。
そして、その奇跡を起こさせたのは、おそらくブライアンの音楽に対する強い希求だったのではないでしょうか。

現在もビーチ・ボーイズはマイクとブルース・ジョンストンを中心にライヴ活動を継続しています。
一方、バンドの創立者でかつてのリーダーであったブライアンは一人ビーチ・ボーイズ(ビーチ・ボーイ?)として気心の知れた仲間達と共に自己の音楽を追求しています。

二つのビーチ・ボーイズ、しかし、この世界では決して珍しい現象ではありません。
例えば、プログレシヴ・ロックの代表格Yesは何度もメンバー・チェンジを繰り返していますが、80年代末、当時のYesと、全盛期のメンバーが再結成して、70年代のYesの楽曲を中心に演奏するABWHが併存していました。

2004年9月28日 アルバム"SMiLE"(Warner/Nonesuch 冒頭画像)リリース。
全米No.13を記録しました。

アルバムの評価は聴き手一人一人に委ねましょう。
言えることは、それは1966~67年と言う時代を色濃く残してはいますが、あくまで2004年と言う全く違う時代・環境の中でに作られたものであると言うことです。
彼は既に61歳になっていました。かつての天使の声はありません。
そのミスマッチをどう受け留めるかは、各自のビーチボーイ体験の差でもあるでしょう。それが評価の差にも繋がるのかも知れません。
私は「魂の救済を希求する音楽」として、ご紹介するにとどめたいと思います。
そして、勿論、このアルバムは何時でも私を「微笑えませて」くれます。

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by Eiji-Yokota | 2010-01-25 00:01 | 口上 | Comments(0)
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