Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
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Danny Boy (Londonderry Air)     Part1

- trad. + 1910&13年 Frederick Weatherly -
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アイルランド民謡の"Londonderry Air(ロンドンデリーの歌) "または"Air from Country Derry"(デリー州《地方》の歌)のメロディにFrederic Edward Weatherly(フレデリック・エドワード・ウェザリ 1848-1929 弁護士、詩人)が1913年に歌詞をつけました。
もともと"Londonderry Air"には、100以上の歌詞が付けられたと言われています。
その中には讃美歌(注1)になったものもあります。
また、先にご紹介した"You Raise Me Up"もこの曲をベースにしたものです。

"Londonderry Air"が最初に出版物に掲載されたのは1855年。
アイルランド民謡概説書"The Ancient Music of Ireland"の57頁に曲名不明として収録されました。
著者・編集者はダブリン出身の考古学者、画家で民謡の収集家でもあったDr.George Petrie(1789 - 1866)。

さて、では、この世界的に知られているアイルランド民謡がどうして生まれたのか、
また、フレデリック・ウェザリーが歌詞を付けるまでにどう言う経緯があったかを、これから見ていきたいと思います。




1.Londonderry とは?
まず、「ロンドンデリー」の地名から始めましょう。
現在の英国領である北アイルランドの州であるデリーの州都がロンドンデリーであり、北アイルランドでは首府ベルファストに次ぐ第2の都市です。
言うまでもなく、その呼称は1623年にイングランド軍に制圧され、ロンドン市領になって改称されたものであり、アイルランド及び北アイルランドでは、この呼称を嫌い、単にデリー(ゲール語(注2)で"Doire" 。「オークの森」の意)と呼んでいます。

先にご紹介したとおり、この歌が"Air from Country Derry"や単純に"Derry Air"と呼ばれることがあるのは、こう言う背景に因るものです。
同市はベルファストと共に1970年代には今なお続いている北アイルランド紛争の流血の舞台ともなりました。Part2 で少しそれについて触れます。

なお、公表当時無名だったこの曲は、1894年にKatherine Tynan Hinksonが"Irish Love Song"と言う歌詞を付けた際に、"Londonderry Air"と呼び、その後その呼称が次第に普及していきます。

したがって、私の政治信条は別にして、この歌の表記については、現時点ではやはり圧倒的に"Londonderry Air"が多数を占めていることから、このブログでの表記も以後は便宜上これに統一します。

この歌の起源や作者については色々な説がありますが、現時点で多くの研究者に支持されているもの、あるいはネット、文献で多く言及されている説を主体にお話ししたいと思います。

2.Rory Dall O'Cahan作者説 The Downfall of O'Kane
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17世紀に実在した盲目のハープ奏者(harper)、Rory Dall O'Cahanの"O'Cahan's Lament"「オカハン族の嘆き」が、この曲の原曲とする説が有力です。

同名の人物の混同等もあり(Roryはアイルランドではよくある名前、O'Cahanは部族の名で姓でもある)、色々な説があるのですが、どうやら、彼はデリーの一角にあるLimavady リマヴァディ(Google Earth 等でチェック下さい)を拠点とするオカハン(O'Cahan / O'Kaneとも)族の首長の末裔だったようです。
彼らは上のイングランド軍侵攻の際、同地区の土地を奪われていました。
ひとつの面白いエピソードが伝えられています。
時は1600年過ぎ、ある夜ローリー・オカハンは深酒してデリーのリマバディのRoe Valleyの川沿いで足を滑らせ、谷間に転落してしまいます。
気がつくと耳元で妖精がハープを奏でているではありませんか。
その物悲しい旋律に、土地を奪われた自らの嘆きを重ね、彼は自らハープを弾いてこの曲を伝えるようになり、それは「オカハン族の嘆き」と呼ばれた、と。
(この他"Rory's Lament""O'Cahan's Tune"とも呼ばれていたようです)
なお、右上画像はもう少し時代は遡りますが、町々を演奏して歩く、古のハープ奏者の姿を描写したもの。

こうなると厳密には、この曲の作者は「妖精」ということになりますが、ま、夢の中でインスピレーションを得た、位の受け留め方でよいのかな、と。ちょうど、ポール・マッカートニーが夢の中で、かの"Yesterday"の旋律を得たように。

残念ながら、これぞ「オカハン族の嘆き」と決定付ける楽譜は残っていません。
したがって、この歌が"Londonderry Air"の原曲と断言することは出来ません。
では2世紀後に刊行された先の"The Ancient Music of Ireland"の編者のペトリーはどうやってこの曲と出会ったのでしょう?

3.Jane RossとJimmy McCurry、Edward BuntingとDennis O'Hampsey の存在

この歌をペトリーに教えたのは、リマヴァディ在住の民謡研究家、Jane Ross(1810 - 1879)であると彼は同書で明らかにしています。
しかし、古い民謡にしては、この歌が類書に記録がなく、また、音程の広さ、特に終盤のそれが民謡らしくないとして、彼女の創作ではないかとする説もありました。
今日では彼女はこれを盲目のフィドル弾きJimmy McCurry(1830-1910)が歌っているのを聞きとめ、記録したものと言う説が有力です。
この時、ロスは何度も何度もマッカレーに歌わせて採譜し、謝礼の金を与えたのですが、あまりの多さに(1ペニー銅貨と思ったら、2シリング銀貨だった)マッカレーが返そうとしたと言うエピソードが残されています。
そして、ジミー自身が歌ったものは、もともと"The Young man's Dream(ゲール語表記:Aisles an Oigfear)"「若者の夢」と呼ばれていたものを彼なりにアレンジして歌っていた、と言われています。

この歌詞の内容は、夢の中で折角彼女と良い仲になりそうだったのに、覚めてしまって、だめになったと言う他愛もないものですが、今日、この"Aisles an Oigfear"こそが、「オカハン族の嘆き」の替え歌のひとつなのではないか、と考えられています。

いずれにせよ、"Londonderry Air"と"Aisles an Oigfear"の近似性が指摘されると、後者への探究が始まりました。
"Aisles an Oigfear"を最初に掲載した"The Ancient Music of Ireland"(1796/1809/1840 前記ペトリーの著書とは別物 本件は最初の年の出版、"A General Collection of the Ancient Irish Music"収録)の著者はEdward Bunting(1773 - 1843 アイルランドの音楽家、民謡研究家)ですが、彼は1792年ベルファストで開催された"the great meeting of the Harpers"でDennis O'Hampsey(Hempson)と言うハープ奏者からこの曲を含め、多くの曲を採取していますが、このオハンプシーは、先のRoe Valley出身で、ロリー・オカハンの親戚であるBridge O'Cahanから教えを受けていたことが判明しました。
因みに、現代ではハープは通常指の腹で弾きますが、オハンプシーは指の爪でハープを弾く奏法の最後の奏者とされています。
ここに"O'Cahan's Lament"と"Aisles an Oigfear"の接点を我々は見出すことが出来たのです。
勿論、断言はできませんが、こうして状況証拠?を重ねて行くと、ローリー・オカハンが妖精から聴いた旋律は長い年月をかけ、様々な伝承者により少しづつ手を加えられ、今日の"Londonderry Air/Danny Boy"に繋がっていった可能性が高いと思われます。

これらはあくまで「説」に過ぎないものではありますが、一つの歌が次第に形を成していく、その経緯は、ちょうど、先に掲載した、鶴屋南北が書いたとも言われる一節が博多節、正調博多節となっていく、それ(こちらも仮説に過ぎませんが)を思い起こさせるものがありますね。

4.フレッデリック・ウェザリーの作詞 Danny Boy の誕生
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フレデリック・ウェザリーは1848年にイングランド地方南西部のサマーセット州ポーティスヘッド(Portishead, Somersetshire)に生まれ、Braesnose大学で法律を学び、その後は法廷弁護士として活躍しました。
子供向けの著作や詩作も手掛けており、1910年に別の曲に付けた歌詞が"Danny Boy"でした。
しかし、どうもしっくりいかないまま、時が経ったある日、フレデリックの弟と共に米国コロラドに渡った義妹Margarettから1通の封筒がフレデリックの許に届けられ、中にはおそらくアイルランド出身の鉱夫(当時、同地はゴールドラッシュに湧いていた)達が歌っていた歌を彼女が書きとめた楽譜が入っていました。彼女は義兄が作詞家であることを知っていたので、彼の為にその曲を送り届けたのです。
"Londonderry Air"と言うタイトルは前記のとおり、あくまで便宜的に付けられ、冒頭の楽譜表紙でも明らかな様に、当時はまだこの呼称は浸透しておらず、古いアイルランド民謡としか知られていなかったようです。
1913年 当初の歌詞を若干修正し、フレデリックは"Danny Boy"を発表します。

      ♫ ♫ ♫ ♫ ♫

Oh Danny Boy, the pipes, the pipes are calling
From glen to glen, and down the mountain side
The summer's gone, and all the roses falling
'Tis you, 'tis you must go and I must bide
But come ye back when summer's in the meadow
Or when the valley's hushed and white with snow
'Tis I'll be here in sunshine or in shadow
Oh Danny Boy, oh Danny Boy, I love you so

And when ye come, and all the flowers are dying
And I am dead, as dead I well may be
Ye'll come and find the place where I am lying
And kneel and say an Ave there for me
And I shall hear, though soft you tread above me
And all my grave shall warmer, sweeter be
For you shall bend and tell me that you love me
And I shall sleep in peace until you come to me

     ♫ ♫ ♫ ♫ ♫


この内容についてはPart2で触れますので、ここでは子供を思う親の気持ちを描写したものと言うコメントにとどめます。

1915年 Earnestine Schumann-Heink(1861 - 1936 オーストリア出身。後米国に帰化する世界的なオペラ歌手) が最初のレコーディングを行います。(冒頭の楽譜表紙はその頃のもの)
1918年 Elsie Griffin(1895 - 1989 英国のオペラ歌手)がフレデリックからこの曲を贈られ、録音。ヒットを記録。

こうして、"Danny Boy"は更に世界的なポピュラー・ソングへとなっていくのですが、この続きは次回、Part2でお話ししたいと思います。

*****************

注1) 讃美歌
例1  松平 惟太郎 「この世のなみかぜさわぎ」 第二編 157番
例2  William Young Fullerton "I cannot tell"

注2) ゲール語(Gaelic)
インド・ヨーロッパ語族ケルト語派に属する言葉。アイルランド、スコットランド、マン島に独自に残っているが、殆ど英語に席捲されつつある。アイルランド語と呼ばれているものが、アイルランド・ゲール語。

【 参考サイト 】
この曲については、その性格上、どうしても英語による研究・解説が主体とならざるを得ません。
以下に、その中でも特に今回参考にさせていただいたものを示します。ご関心ある方はどうぞ。
また英語はどうも…と言う方にも、英語の得意な方も、日本語サイトの中では、ペトリーの原著にあるこの曲の頁の写真等も掲載している「写真少年漂流記」がお勧めです。

BBC/The legend and History of the Song "Danny Boy" 
 入門者用概説として最適
The Londonderry Air: facts and fictions by Brian Audley  
 上でも触れられている本格レポート
Standing Stones by Michael Robinson 
 特に"Young Man's Dream"及びフレデリックに焦点を中てている  
The Origin of Danny Boy 
 特にJimmy McCurryの記述が詳しい。


各タイトルをクリックすれば、それぞれのサイトが開きます。


→ Part2 へ続く(クリック)
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by Eiji-Yokota | 2009-03-19 20:59 | SONG | Comments(1)
Commented by カフェおやじ at 2009-11-16 21:50 x
Eiji-Yokotaさん、私のブログへの書き込みをありがとうございました。
マイルス・デイヴィスについて9月にマイルスの命日のことを書いたとご返事しましたが、あのときはまだ楽天ブログだけを開いておりましたので、参考にこちらのブログもご覧ください。
<< A CHILD IS BORN 愛の歌 >>