Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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Bridge Over Troubled Water 「明日に架ける橋」

 - 1969年 Paul Simon -
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サイモンとガーファンクル Simon & Garfukel (以下、S&Gと略します)の代表作。
「独断と偏見」との批判を懼れずに書けば、1970年代を象徴する「時代の歌」。
今日まで歌い継がれ、感動を与え続けた「友情の歌」であると同時に、9.11以後の米国では、単なる懐メロ、スタンダードの域を超えて、「癒し」と「励まし」の側面から再び採り上げられことが多くなり、今日的な新たな位置づけがされつつあるようです。

この曲の誕生をめぐる有名なエピソードについては、TV番組(NHK「世紀を刻んだ歌」/テレビ東京「そして音楽が始まる」等)や解説書等でも既に何度も採り上げられていますので、ご存知の方も多いことでしょう。
ここでは若干角度を変えつつ、この歌に纏わる背景をもう少し掘り下げてみていきたいと思います。





1. S&G小史

幼馴染のPaul Frederic Simon ポール・サイモン (1941~  米 ユダヤ系 音楽家)と Arthur Ira Garfunkel アート・ガ^ファンクル (1941~ 米 ルーマニア系ユダヤ人 歌手、俳優)は、デュオ・グループとしてコロンビア・レコードと契約。
しかし、64年にプロデューサー、トム・ウィルソンが作成したアルバム"Wednesday Morning 3AM"は全くヒットしませんでした。
ある日、失意のポール・サイモンがヨーロッパを巡業中、音楽紙を開くと、"Sound of Silence"がチャートを上昇しているのに驚いて帰国したと言うエピソードは有名ですが、もう少し詳しく見てみましょう。
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実は、リリースから少し経ってから、マイアミで突如先のアルバムが売れ始めたのです。調べてみると、レコード会社のマイアミ地区のプロモーション担当者が地元のラジオ局にこのアルバムを持ち込んでプッシュした成果でした。特に"Sound Of Silence"がよくオン・エアされました。トムは担当者から「もう少しロックっぽくしてシングル・カットしてはどうか」と言われます。彼は当時ボブ・ディランのプロデュースも担当していました。丁度、ディランがロック色の強いサウンドを採り上げ、賛否両論を巻き起こしていた時期でした。
この曲のシングル・カットを決意したトムはディランのセッションと同じスタジオ・ミュージシャンに声をかけ、ベース、ドラム、エレキ・ギターをオーヴァーダブし、65年9月にリリースします。
このオーヴァーダブ自体はトムの独断であり、その点を強調する記事も見かけますが、彼は二人にはあらかじめリリース前に聴かせていたようです。
同曲は全米ヒット・チャートのトップに立ち、こうしてS&Gは大きな注目を浴びるようになりました。
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68年にはダスティン・ホフマン主演の映画「卒業The Graduate(67)(監督:マイク・ニコルズ)の音楽を担当し、世界的な人気を決定づけます。

そして、70年1月にリリースされた、この曲とこの曲を収録した同名のアルバムはアルバム、シングルともに全米年間ヒット・チャートのトップに立ち、全世界での売上は1000万枚を超え、6つのグラミー賞を受賞、S&G絶頂期を飾ります。
しかし、この作品を最後に二人はソロ活動に入ります。


2. クロード・ジーター小史 Mary Don't You Weep

今日、この曲がゴスペル歌手、 Claude Jeter クロード・ジータ (1914~2009 米、アフリカ系 歌手、牧師)の書いた歌詞に影響を受けたものであることは結構知られています。今年亡くなった彼の死亡記事の大半で、そのことが言及されていました。
ケンタッキーの鉱夫だったジーターは、1938年にゴスペル・グループFour Harmony Kingsを結成、後に自分達のラジオ番組を持つ際に、スポンサーとなったスワン・ベーカリーに敬意を表し、Swan Silvertones と改称。各メンバーがファルセット、テナー、バリトン、シャウターとリードを取れ、どんな曲にも対応でき、人気を博しました。勿論、『ファルセットの始祖』とも呼ばれるジーターのファルセットが最大のウリでした。
59年にヒットした"Mary Don't You Weep"は黒人霊歌として古くから歌われてきました。その詳細は別稿に記します。
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左は現在入手可能な同曲を収録したスワン・シルヴァートーンズの編集盤。
"Mary Don't You Weep"(Liquid 8 04年)
前列右端がジーターです。(但し、このジャケットは意図的にか、オリジナルのネガを裏焼きしたもので、左右が入り繰っています)


この曲にジーターは独自の歌詞を付け、その中に次のフレーズがありました。

"I'll be a bridge over deep water if you trust in my name"

言うまでもなく、このフレーズこそがポールにインスピレイションを与え、この曲が生まれることになったのです。
このフレーズは、聖書「マタイの福音書」14章22節の"Jesus walks on the water"に基づいたものと言われています。両手を広げたイエスが橋となって、私たちを自由で安全なところへ励まし導くという解釈です。

ポールは牧師となったジーターのもとをよく訪れていたと言われています。
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後に、ソロとなったポールは2作目の"There Goes Rhymin' Simon"「ひとりごと」(Columbia 73年)に収録された"Take Me to the Mardi Gras(夢のマルディ・グラ)"でジーターと共演しています。

3. S&Gのレコーディング・セッション

この曲は69年の夏、映画"Catch22"(監督:マイク・ニコルズ)への単独出演等で多忙となったアートと意見の対立が多くなり、関係がギクシャクし始めた頃、ポールが一人で書き上げたものです。

外に目を転じれば、長引くヴェトナム戦争で米国の国威は地に落ち、反戦デモが大学のキャンパスや街で繰り広げられ、国論は二分、内では黒人やマイノリティの権利確保を目指す公民権運動も起こっている、そう言う時代でした。

"Hymn"と記されたポールのデモ・テープにはギターをバックに、彼自身が淡々とファルセットで2コーラスを歌っていたそうです。

君が傷つき、落ち込んでいる時
君の瞳に涙があふれている時
僕が全て乾かしてあげよう
君のそばにいるよ
辛い時
そして友達が見当たらなくても
逆巻く海にかかる橋のように
僕は身を横たえよう


トム・ウィルソンの同僚で、その後、ディランやS&Gのプロデュースを担当するRoy Halee ロイ・ハリーとアート・ガーファンクルも、スタジオでこの曲を聴かされ、その重要さを直感したと言います。
ポールはゴスペル風のピアノとヴォーカルだけのアレンジを希望しました。最初はポールが歌っていたのですが、うまくいかず、結局、アートが歌うことになりました。キーも変えられ、アレンジは Jimmie Haskell ジミー・ハスケルが担当しました。
ラリー・ネクテル Larry Knechtel のピアノも彼の透明な声質に合せて、純粋なゴスペルからアレンジを変えることになりました。
ピアノ・ヴァージョンは完成まで4日もかかり、ポールを苛立せたようですが、そのシンプルでスケールの大きな出来栄えを聴いたポールは「身震い」したと言います。
アートは曲を盛り上げる為に3コーラス目を付け加えるよう、ポールに要求します。
ポールはスタジオで前向きな詩をひねり出します。


銀の少女よ、船出だ、帆を揚げよう
ついに君が輝く時が来た
君の夢はもうそこにある
輝いているのが見えるだろう
友達が必要だと言うなら
僕が直ぐ後から船を漕いでいこう
逆巻く海にかかる橋のように
君の心に安らぎを与えよう


歌詞の全文(英語)はこちら

銀の少女(silver girl) とは、ガールフレンドのペギーを、頭髪に白毛が混じっていたことからそう呼んだと言われています。(異説あり)
なお、9.11直後に出回った放送自粛曲リストにこの曲が含まれており、その理由は"silver girl" がワールドセンター・ビルに突入した飛行機を連想させるからと聞いた時は、呆れて声も出ませんでした。
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出来上がった曲は、ラリー・ネクテルのピアノのイントロに始まり、アート・ガーファンクルのヴォーカルに終始、僅かに3コーラス目にポール・サイモンのハーモニーが少しだけ聞こえる程度です。やがてジミー・ハスケルのアレンジによるストリングスが入り、荘厳且つ華麗にクライマックスを盛り上げます。最後の一音、ヴァイオリンによるE♭は10秒も続きました。

最近のCDでは、この曲のリハーサル・トラック(デモ・テイク6)が収録され、リラックスして歌うアート、歌詞が微妙に異なっている出来かけの3コーラス目等、この曲の創作過程を垣間見せてくれます。
"Bridge Over Troubled Water"(SMG 08年)Blue-spec CDでどうぞ。


その後の二人のパフォーマンス

・ポール・サイモン
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Paul Simon in Concert: Live Rhymin'(Colmbia 1974年)
丁度、上のジーターとのセッションを含むソロ2作目の直後の初ライブ・アルバム。
S&G、初期のソロ作品、両方が楽しめます。
ポールは伸び伸びと歌い、この曲もジェシー・ディクソン・シンガーズのバックアップを受け、ゴスペル・フィーリングで歌っています。
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Concert in the Park (Warnner Bros. 1991年)
75万人を動員し、下記81年の再結成コンサートを凌駕、いえいえ量だけではありません。質もです。
ポールはこの前年の1990年のNHK紅白歌合戦に出演(NYからの中継)、レゲエ・ヴァージョンでこの曲を歌いました。
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"America:A Tribute to Heroes"(Sony 01年)
また、9.11直後の2001年9月21日(金) に、テロの犠牲者とニューヨーク警察、ニューヨーク消防署の為に米国4大ネットワーク他各局が協力したチャリティTV特番(テレソン)で錚々たるメンバーが出演。ポール・サイモンはこの曲を歌いました。

・アート・ガーファンクル
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Across America (Virgin Television 1996年)
ほぼオリジナルに近いアレンジで歌われています。




・S&G
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Live 1969 (SMG 2007年) 
当時未発表だったこの曲を収録。
始めて聴く聴衆は、ネクテル自身による有名なピアノのイントロにも当然無反応ですが、ストリングスもないピアノだけのバッキングのこの曲が終わった途端、熱狂的な拍手・歓呼が起こります。
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The Concert in Central Park(Columbia 1982年) 
50万人を集めた再結成時のライヴ
何度も噂に上った再結成は10年以上の月日を経て、ようやく実現します。
フリー・コンサートの割にはバックの面子も素晴しい。
ただ、二人の間がよそよそしいと感じたのは私だけ?
なお、二人は余勢をかって、翌年初来日を果たします。
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Old Friends Live On Stage (Warner Bros. 04年)
何度か再結成し、その度に喧嘩別れする二人。
まさに「トムとジェリー」そのものですね。
しかし、60歳を過ぎた二人の共演。これが素晴しく良い。アートの高音は流石に苦しいが、これだけ出るのは驚異的。ポールはますます音楽を楽しむ姿勢が顕著で、自由に遊んでいながら高度なことをやっています。
先日(09年7月)の日本公演でも、やはりこの曲を1コーラス目はアート、2コーラス目はポール、そして3コーラス目は二人で歌いました。


4. カヴァー
ネットの音楽関係サイト、All Music によれば、1970年中にチャートインしたアルバムの中で24種がこの曲をカヴァーしていたそうです。勿論、その後も続々とカヴァーされています。

ここでは、その中から2ヴァージョンを。

① Aretha Franklin
まずは、クィーン・オブ・ソウル、Aretha Franklin(ネイティヴは「アリーサ・フランクリン」と発音しています)の代表作の一つ。
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"Aretha Live at FillmoreWest" 「アレサ・ライヴ・アット・フィルモア・ウェスト」(Atlantic 71年)
シングル・カットされ、R&Bチャートで1位に輝き、ポップ・チャートでも6位となった。
グラミー賞のR&B女性ヴォーカルも受賞。
ビリー・プレストン(オルガン)、コーネル・デュプリー(ギター)、キング・カーティス(サックス)他の錚々たるつわものを従えて、当時ロックの「聖地」として知られていたフィルモア・オーディトリアム(NYとSFにあり、それぞれ、East、Westと呼ばれていた)に乗り込んで繰り広げる重厚でソウルフルなサウンドはゴスペルそのもの。
当時アパルヘイトで揺れていた南アフリカでは、黒人居住区に住む住民の間で、このアレサのヴァージョンが好んで口ずさまれ、遂に教会で讃美歌として歌われるようになったそうです。

まさに歌の力であり、黒人霊歌からポップ・ソングへ、そして再び讃美歌へ、と、歌の輪廻の系譜を見るようですね。

② Elvis Presley
次は文字通り、「キング」=プレスリーの登場です。
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"That's The Way It Is" 「エルヴィス・オン・ステージ」(RCA 70年)
ヒットした70年の映画、"That's The Way It Is「エルヴィス・オン・ステージ」"はラス・ヴェガスのホテルでのディナー・ショウのドキュメントで、このアルバムはそのサントラ盤的位置づけもありました。
但し、アルバムに収録されたヴァージョンは、映画で使われたディナー・ショウのライヴ・ヴァージョンではなく、ナッシュヴィルでのスタジオ録音版。
王者の貫録でしょうか、完全に自分のものとし、圧倒的な存在感のある歌唱と言えるでしょう。
実際にディナー・ショウで同曲を聴いたポールは「これだね!今や僕らは降参した方が良さそうだ」と語ったと言われています。
真相はともかく、プレスリーはその後生涯、この曲を歌い続け、いくつかの録音も残しています。


PS
今回は一応客観的な資料、データによる記述を心がけましたが、個人的な観点も併せ、別稿で、もう少しこの曲についてお話したいと思います。
 → 裏 Bridge Over Troubled Water


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by Eiji-Yokota | 2009-02-07 21:01 | SONG | Comments(0)
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