Naomi's Choice 小柳有美の歌った歌
by Eiji-Yokota
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The Girl From Ipanema / Garota de Ipanema          「イパネマの娘」 Part 2

- 1962年 Vinicius de Moraes + Antonio Carlos Jobin  /Norman Gimbel -
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3. カヴァー  Covers

1990年のBMIの調査によれば、この曲は300万回以上演奏され、歴代5位。彼の他の6曲も100万回以上演奏されたとか。彼の上を行くのはビートルズだけでした。
ジョビンはこの件について、好んでこうコメントしました。
「彼等は4人で、しかも英語で歌うんだよ」(注)

と、言う訳で、この曲のカヴァー紹介はとてつもない作業です。

で、今回は安易に企画ものアルバムに逃げることにしました。
日本編集版の「イパネマの娘100%」(BMG 04年)を。
小野リサ、渡辺貞夫、日野皓正、ガル・コスタ、ケニーG、アーサー・フィドラー、ジェイムズ・ゴールウェイと各分野から…
おそらく、世界中でもっともボサが好まれている国は日本でしょう。
この原因として色々な要素を挙げることが出来ますが、その一因として、渡辺貞夫と小野リサの活動を外すことは出来ないでしょう。




[ The Girl from Brazil ]

彼女は、ずっと私にとってはミステリアスな存在です。
その名は Nara Leao ナラ・レオン(1942年1月19日-1989年6月7日 ブラジル)。

"Dez Anos Depois"「美しきボサノヴァのミューズ」(Philips 71年)
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実は、ジョビンやジルベルトが米国や海外へ飛び出して行った頃、本国ブラジルではボサ・ノヴァは存続の危機に瀕していました。軍事政権の台頭もあり、「リオの有閑階級のサロン音楽」的な側面があったボサは急速に退潮していきます。

ナラは「ボサ・ノヴァの美しき女神(ミューズ)」と称され、「ボサ・ノヴァは彼女のアパートから生まれた」とまで言われる程、その誕生の近くにいたにも拘わらず、やがて、次第にサンバやモーホ等に接近します。また政治的発言も積極的に行います。そしてボサと決別宣言をします。
「ボサ・ノヴァは退屈。テーマはいつも同じ。やれ愛だ花だ海だ。同じことの繰り返し。私は残りの人生をずっと『イパネマの娘』を歌って過ごしたくない」
かつての仲間達に、この宣言は衝撃を与えました。
反論する者、理解しようと努める者、無視する者…
彼女は逮捕を避け、70年代にはパリへ移住、(後、帰国)47歳の若さで脳腫瘍で亡くなります。
このアルバムはそのパリ時代の録音。ここで彼女は初めてジョビンの曲を主体に本格的にボサのスタンダードと正面から向かい合います。かつて自分が切り捨てた音楽と… これはナラのボサとの和解の表明でもありました。アルバムの原タイトルは「10年後」。
明るい陽ざし溢れる海辺を感じさせることはありませんが、流石に「ボサのミューズ」は健在で、ボサのスピリットをきっちりと表現しています。
勿論、彼女はポルトガル語で歌っています。囁くようで、しかし、深い表現力に満ちた素晴らしい歌唱、まさに「サウダージ」を感じさせるものだと思います。

[ The Boy from Ipanema ]
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この曲は男性が女性を歌ったものです。通常この世界では歌い手の性により、歌詞の性も変えます。
(因みに、アストラッドもナラも女性ながら"Girl"(Garota)と歌っています。アストラッドはもともと英語歌詞のデモの為に歌ったと言う経緯からかも知れませんが…)
有美さん始め、"The (またはA)Boy from Ipanema"と歌っている女性アーティスト達、それも今度はジャズの分野から一人だけ。
彼女のお師匠さんにあたる「ペコ」さんこと伊藤君子さんの実力がいかんなく発揮された「KIMIKO」(ビデオアーツ 2000年)を。Andy Gravishアンディ・グラヴィッシュのフリューゲル・ホーンがよく唄っています。2000年3月NYでの録音。このアルバムでは、ピアニストとして、アレンジャーとして、プロデュースを担当した小曽根真さんがあらゆる面でサポートし、多面的に彼女の魅力を引き出しています。
このブログでも採り上げた"Isn't It Romantic ?""My Funny Valentine""Ev'ry Time We Say Goodbye"も収録されています。

[ Art meets Zoot ]
c0163399_184519.jpgジャズのスタンダードとしての地位を確立した本曲は、色々なジャム・セッションでも引っ張りだこです。
その中でも、私の好みは、これ。
81年9月カリフォルニア大学でのArt Pepper (as)とZoot Sims (ts)の珍しい顔合わせ。
この曲ではBarney Kessel(g)も参加。
スゥィンギーなケッセルのギターに二人のサックスが絡みます。

リラックスした好プレイを聞かせます。
Art N Zoot (Pablo 1995年)



4. エピローグ  Epilogue

モライスは80年に、ゲッツは91年に亡くなりました。
ジョビンも94年に亡くなりました。
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死期が近づいていた9月、体調を崩していたにも拘わらず、彼は持ち込まれきたシナトラの"Duet2"の企画に応じ、ザ・ヴォイスが吹き込んだ"Fly Me To The Moon"のヴォーカル・トラックにピアノとヴォーカルをオーヴァーダビングしました。
"Duets 2" (Capitol 1994年)
67年の共演に続き、ジョビンは69年にもシナトラと共演。個人的な親交も続いていました。
彼は友人のリクエストに応える為、病をおしてリオのスタジオに向かったのです。米国から駆け付けたプロデューサーはあの時のエンジニアで、今や業界の大物になったPhil Ramone フィル・ラモーン (1941 - )。
ジョビンはまるで自身を励ますかのように"Fly,Frankie, fly"と呼びかけます。
そして、その3か月後彼は天国に召されたのです。
シナトラは「世界は最も有能な音楽家の一人を失ってしまったし、私は驚嘆すべき友人を失ってしまった」と異例のコメントを発表。
そのザ・ヴォイスも98年には亡くなりました。
ジョアンは今年(2008年)77歳。
2004、06年と来日も果たし、マイペースで活動していますが、流石に最近は動向が伝わりません。公式サイトも閉じられているようで、心配です。

そして、ブラジルではボサ・ノヴァは前述のように「懐メロ」になってしまっています。

それにしても、女達は元気です。
アストラッドは今年68歳。流石に音楽の第一線からは事実上退いているようですが、動物保護活動に取り組んでいます。
エロイーザは今年63歳(??)。ナイス・バディを維持しているのは驚異的で、HP・ブログを見る限り、セレブな毎日を送っているようです。
05年に、彼女が経営するブティック"Garota de Ipanema"が、この曲の現在の著作権者から提訴されましたが、現在もブティックは同じ名前で運営されています。和解が成立したのでしょうか?

バール「ヴェローゾ」も、ちゃっかり"Garota de Ipanema"と名前を変えて営業しています。その近くにあった、街を南北に結び、エローイザの住んでいた家を通る、モンチネグロ通りは今は偉大な詩人に因んでヴィニシウス・ヂ・モライス通りとなっています。
いずれにせよ、世界中の(今も根強く存在する)ボサ・ファンにとって、それらは永遠に聖地であり続けることでしょう。

ボサについて、今回はこの曲を主体に、レコーディングやその売上、評価主体に歴史的事実にスポットを中てましたが、音楽的な分析・位置づけ、その誕生から(ブラジルにおける)衰亡の歩み、数多のエピソード、語るべきテーマはまだまだ残されています。
しかし、この記事も既にPart2に突入し、こちらの容量も限界に近づきつつあります。

心残りはありますが、有美さんが、きっと近い将来「あの曲」達を採り上げることを確信して、その時まで「お楽しみ」はとっておくことにしましょう。
それでは、今回はこのへんで。


注) "Yesterday" vs "The Girl from Ipanema"
当然、ジョビンのこの発言にはビートルズ・ファン・サイドから様々な反論が寄せられています。
ビートルズで一番演奏されたのはやはり"Yesterday"です。

曰く「この曲はポールが殆ど一人で作詞作曲したもので、ジョージ・マーティンのアレンジによるストリングスをバックに、録音もポール一人で行われている。つまり4対1は当たらない。
そもそも、ジョビンは単独作品もあるけど、Ipanema始め共作が多いではないか。レコーディングも一人で行っている訳ではないし…」
曰く「そもそも、"Ipanema"も、英語歌詞で歌われているのが大半の筈だ」等
私も人後に落ちないビートルズマニアですが、ボサもジョビンも大好きです。
ファンは自分の贔屓に対しては熱くなります。それもファンの楽しみ。双方で大いに議論していただこうではありませんか。
私は純粋にジョビンのユーモアある受け応えを楽しみましたが。
いずれにせよ、ジョビンの偉大さが損なわれることはないのですから。


[ 参考図書 ]
ここで採り上げたエピソードや歴史的事実は次の書籍に拠るところが大です。

特に"Chege de saudade:A Historia e as Historias da BOSSA NOVA"(90年)「ボサ・ノヴァの歴史」は、数多の関係者のインタヴューとリサーチを元にボサを生んだ風土、人物等を物語風に描いたもの。やや厚手で、読み通すのは結構しんどいですが、興味ある方は、一読をお勧めします。
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ルイ・カストロ「ボサノヴァの歴史」(音楽之友社) 01年









エレーナ・ジョビン「アントニオ・カルロス・ジョビンーボサノヴァを創った男」(青土社) 98年


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